第36章 HLHI Ⅱ〈遠坂 雪音〉
天馬が京介の荷物を取りに行き、私はこの体制からどうしようか思い悩んだ。私の腰に抱き付いたまま寝てしまっていて、動かしたら起きてしまわないか心配だ。後で天馬に手伝ってもらって私のベッドに寝かすしか無いだろう。流石に下に運ぶのは無理だ。
『よっぽど疲れてたんだね』
この試合の為に天馬たちとたくさん練習してたのは知っている。疲れが溜まっていたのだろう。
「雪音〜取ってきたよ〜」
小声で話しながら天馬が入ってきた。少し大きめのボストンバッグが床にそろりと落とされた。
『天馬。悪いけど、京介をベッドの上に運ぶの手伝って。このままだとどっか痛めちゃいそうだから』
「分かった」
片方ずつ腕を持ってなんとかベッドの上まで引っ張り上げる。相当疲れているのか起きる気配はなかった。
「ふぅ〜…これで大丈夫?」
『うん。大丈夫』
「一応俺たちシャワー浴びて、頭も軽ーく洗ってきてると思うから、その辺は安心して良いよ」
『そっか。空ヶ咲にはシャワールームあったもんね。まぁ気にしないから良いよ。丁度明日秋さんに洗濯頼もうと思ってたから』
「そっか。じゃあおやすみ。また明日ね!」
『うん。また明日』
天馬が部屋から出て行ってヒーターを切タイマー設定にした。
『おやすみ、京介』
もう一度、おでこに軽くキスをした。寝顔は案外可愛いな、なんて思いながらベッドの向かい側のデスクに座った。スマホを確認すると、雨宮君からのメッセージと、京介から5件ほど連絡が来ていた。丁度お風呂に入っていたから気付けなかったので仕方ない。
『雨宮君からのメッセージは…っと』
どうやら菖蒲の髪についてだそうだ。菖蒲の髪には秘密がある事は知っている。翡翠の髪を狙っての事なのだろう。どうしても叶えたい願いがあるそうだが、菖蒲の髪についての情報は統制しなければならない。拡散されてしまえば、すぐに菖蒲を狙う輩が現れるだろう。
『此処のところ、色んなことが起きすぎてる…。菖蒲の事も…それに私の事も…』
手術が必要だと分かったのは最近。菖蒲の一連の事件も2ヶ月ほど前。一体何が起こっているというか。
『京介…』
京介は何も知らなくて良い。私が守る。彼にはただ元気にサッカーをしてほしいだけだ。守られているだけではダメだと、そう決意して京介の隣に潜り込む。もう大分温かくなっていて、すぐに眠りに付いてしまった。