第35章 HLHI I〈栗花落 菖蒲〉
『同じこと、太陽にも言われた』
「本人も言ってるんだから間違いない。もっと胸を張っていいんだよ」
何よりも雪音自身にそう言われたことが、私にとって何か変わったような気がした。
「えっ、何で泣いてんの…?私なんか変なこと言っちゃった?」
『ちがっ、ちがうの。私、皆に胸張っていいって言われるけど、でも自分に自信が持てなくて。私は雪音みたいに凄い人じゃないから、自分には何も…』
「あるよ。菖蒲は一杯色んなもの持ってる。素敵な魅力があって、それは菖蒲にしかないものだよ」
『でも』
「何も言わないでちゃんと見守ってくれて、それに料理も上手で面倒見がよくて、反応も可愛いし美人さん。いつも真面目にひたむきに頑張ってる。菖蒲の素敵な魅力だよ」
いつも太陽に言われてることだ。大げさだと思って受け入れを拒んでいた言葉だ。
『それ、太陽にもよく言われる』
「じゃあ私も言うんだから本物だね」
『本当、なんだ』
「そうだよ!全部本当!全部嘘だと思われてたら、雨宮君だって悲しいと思うよ」
そうやって自分を信じない行為は、自分を信じてくれる人を裏切るのと同義なんだ。これからは、そういう自分を認める言葉も受け入れていかなきゃいけない。恥ずかしくても、こそばゆくても。
『そっか』
「菖蒲、変なところで不器用なんだから」
『雪音には言われたくない』
「あ~そういう事言っちゃう?」
雪音がギラついた目をして、手をワキワキさせている。
『え、ちょ』
「はい、お仕置き。菖蒲こちょこちょ苦手だもんね?」
雪音がじわじわと近づいてきてあらゆるところをくすぐってきた。全身がぞわぞわして背中の毛が逆立つような気さえもする。
『ゆ、雪音!無理!ギブ!』
「まぁ、今日はこんなもんでいっか。とにかく、自分を肯定する言葉もちゃんと受け止めること。木枯らし荘に着いたから、荷物頂戴」
『あ、はい。じゃあまた明日ね』
雪音に荷物を手渡して、帰っていく様子を見送った。私はそのまま元の空ヶ咲のグラウンドへ戻る。太陽もいるし、まだやることが残っている。一人で戻るのはちょっと不安だから速足で。
「あっ、菖蒲~!」
『太陽。どうしたの?』
「帰ろう!暗くなってきたし」
『皆まだサッカーやってるけど、良いの?』
「女の子は早くおうちに送るのが信条だからね!」
『太陽が信条なんて言葉知ってたんだ』
「えっ酷い」