第35章 HLHI I〈栗花落 菖蒲〉
急いで人数分のドリンクを作り終え、クーラーボックスに詰めていく。普通の女の子が持てば重いと思うのが普通だが、こちとら中学時代に3年間鍛えられて大分軽く感じるようになっているのである。
『ドリンク、出来ました』
「おう、ありがとな」
もうそろそろ前半が終わる頃。我ながらナイスタイミング過ぎる。雪音の方を見ると真剣に選手達の様子を見ていて、何か書き込んでいる。邪魔をしない様に雪音とは逆サイドのベンチに座り込んだ。もう大分涼しくはなっているけれど、まだ夏の日差しが残っている様な気がする。
「前半終了!」
ボールを取り合っている所でホイッスルが鳴った。みんなにドリンクが出来た旨を伝えてクーラーボックスを開く。
「ありがと!菖蒲」
『しっかり休んで。はい、狩屋君も』
「さっきあんな事言ったのに、動じないんだ?」
「あんな事…?」
『太陽には関係ない。今は私情を持ち込む時じゃないでしょ。サッカーに集中して』
「へいへいっと」
乱暴にボトルを受け取って離れていく。彼は本当に他人をおちょくるのが好きな様だ。
「菖蒲、さっきのって…」
『今はサッカーに集中して。今考えるべき事はそれじゃない』
別に大した事なんてない。太陽に話すまでの事でもない。それに、もう解決していると私は思ってる。彼にだって、色々あるのだから。
「菖蒲…」
分かっている。太陽を突き放してしまった事も。でも、これ以上自分の汚い部分は見せたくない様な気もして、そういうのがいけないと分かっているのに。後で、話そう。
『また後で。ドリンク渡ってない人いませんか〜!』
太陽の何かを訴える様な視線を無視して声を掛けた。直そう直そうと思っているのに一人で抱える癖はそう簡単に治らない。
「大丈夫!皆渡ってるよ!」
『了解!』
雪音も少し休憩している横に腰掛けた。
『お疲れ様、雪音。身体は大丈夫?』
「そんなに心配しなくても大丈夫だってば。でも、前半で大分誰が選ばれるか分かってきたなあ」
『早いね。流石』
「でもまだまだ分かんないからね。後半もしっかりやるつもり。菖蒲もドリンクお疲れ様」
『ありがと。もうそろそろ後半も始まるし、私そろそろ皆のボトル回収しなきゃ。無理しないで、雪音』
雪音の頭を少し撫でて、クーラーボックスが置いてある所まで戻った。自分でも、狩屋君の言葉に動揺しているみたいだ。