第35章 HLHI I〈栗花落 菖蒲〉
「善処する…」
『ま、頑張って』
本当に気にしていないのだ。彼が疲れている事はわかっているし、でも遅れるくらいなら休みたいって一言言ってくれれば取り消しするのになあとは思っている。
「おはよう!菖蒲!」
『おはよう天馬。相変わらず元気いっぱいだね』
きっとこの選抜試合を楽しみにしてたんだろうな。もう着替えてボールを蹴っているあたり、かなりワクワクしていたんだろう。
「うん!今日が楽しみで凄くワクワクしてたんだ!」
「天馬も?僕も凄くワクワクしてるよ!」
これだからサッカー馬鹿は、って言いたいところだけど私も人の事が言えなくなってきている。
『私、準備してくる。じゃあ後で』
「重いもの持つ時は呼んで!」
『大丈夫。そんなにひ弱じゃないから。自分達の練習に集中して』
皆のドリンクを用意できるように給湯室へ。雪音にはあまり負担をかけないように日陰でのスコアシートに記入をお願いしている。
「あれ、雪音は?」
『えーっと…確か狩屋君、だよね。雪音はもう少し後から来るんじゃないかな。スコア付けお願いしてるから』
「へ〜。で、菖蒲ちゃんだっけ?がドリンク担当って訳か」
『まあそうなるね。雪音に何か用事?』
「知ってるだろ?手術の事」
『…うん』
どうして今のタイミングでこんな事。
「許してないから」
『…そう』
防げた事を私が防げなかったって言いたいのか。私が、怠惰だったと、そう言いたい訳だ。
「ムカつくなあその態度」
『勝手にムカついてれば良いよ』
狩屋君を一瞥して給湯室へと入った。そんなの自分が一番わかってる。分かってるんだ。一番私自身が後悔してるんだ。何も、知らないくせに。
「なんで言い返さないんだよ」
『此処で言い争って、何かあるの?私を怒らせたいだけでしょう。挑発は効かないから、諦めた方が良いよ。狩屋君』
給湯室の外で喚いている狩屋君にそう告げた。狩屋君も、雪音を大切に思っていたのだろう。だから、私に辛く当たるのだ。
『あと、私を怒らせて自分も悪いと思い込もうとしたんでしょう。やめなよ。自分を痛めつけるのは良くない。雪音だって、それを望んでない』
「分かってるよ…そんなのは」
『じゃあやる事はひとつだね。早くサッカーしておいでよ。雪音だって狩屋君が選ばれたら喜ぶよ』
そう言うと駆け足で遠ざかる音がする。手術の事で思い詰めていたのだろう。