第28章 Prisoner!〈栗花落 菖蒲〉
いや、ダンス部?私はずっとこの家にいたはずで、学校には行ってない。なんでダンス部なんて言葉が出てきたんだろう。いろいろ考えていたら、廊下の奥から微かな足音が聞こえる。お婆様だ。
「菖蒲。これからあなたの旦那様のところへ案内します。決して粗相はしないように」
『はい、お婆様』
立ち上がって座敷牢を出る。謹慎は今日で解けるようだ。
「ここで待っていなさい。いいですね」
『はい』
少し小ぢんまりした和室に通されて座布団に正座した。これからの将来にあまり懸念はない。この家ではお婆様の命令は絶対。逆らうことなどできやしないのだから、もうそのまま流されればいい。
「失礼します」
『どうぞ』
扉を開けるとなんとも優しそうな感じを纏った男の人が現れた。お婆様はいない。
「君が菖蒲ちゃんだね」
『はい』
「僕が君の許嫁だよ。よろしく」
『は、はい』
あ、この人だったのか。でも、どこか見たことあるような気もする。
「お婆様はしばらく来ないそうだから」
『そう、ですか』
「外に護衛もいない…」
そう呟くと男性はいきなり首のあたりをガリガリと掻き始め、皮が段々と捲れていく。見たことがある、気がするオレンジの柔らかい髪だ。私は、この人を知っている。
「菖蒲、僕だよ」
『たい、よう…さん?』
「そっか、やっぱり記憶を操られてるね」
思い出せ。さっきも違和感を感じた。記憶を操られていると言っていたが、小さな矛盾が発生しているはず。そこをなんとか引きずり出せばあるいは。
『もう少しだけ待ってください、思い出せそう』
「残念だけど、もう時間はないんだ。僕は君を、菖蒲を連れてこの屋敷を出る」
『そんなことは、不可能です』
「大丈夫。僕についてきて。菖蒲を助ける為だけに僕はここに来たんだ。ちゃんと準備はしてあるよ」
さっきまでつけていた顔に被る皮を手に取りながら、彼は私にそっと耳打ちした。なぜだかわからないけど、懐かしいのだ。心が温かくなって、ぽかぽかしていく。
『分かりました』
「敬語はいらないよ。同い年だからね」
『分かった』
「よし。いくよ。音をなるべく立てないで。通気口を通るから」
『うん』
この部屋に取り付けられている通気口の格子を外して、太陽に持ち上げてもらった。中を這いずり回ってやっと明かりが見えてくる。
「ここだね」