第23章 Relaxation!〈遠坂 雪音〉
「あのさ、剣城君、確かに昔の雪音も好きだったけど…今はきっと、今の雪音の方が好きになってると思うよ。それに…好きになっちゃいけない、なんて事、無いんだよ」
プライドの壁がぶっ壊れる音がして、目前が揺れた。
『剣城の事…好き…』
「うん」
『好きだ』
「うん。よく…頑張ったね」
大分落ち着いたので、水を貰った。そして菖蒲特製のプリンも食べさせて貰った。流石菖蒲。美味しい。
『菖蒲、ごめん。ありがと』
「うん、一人で帰れそう?」
『大丈夫。プリン、美味しかった』
「後で剣城君に連絡しときなよ。こっちまでLINE回って来たんだから」
『分かった…』
目も腫れてないし、大丈夫。ちゃんとあったかいタオルと冷たいタオル交互に当てたから大分良くなっている。
『ありがと。菖蒲。また明日』
「また明日。気を付けてね」
『うん』
ショルダーバッグの肩紐を握りしめて木枯らし荘に向かって歩いた。大丈夫、大丈夫…。もう、嘘は吐きたくないんだ。
『ただいま』
「どこ行ってたの?剣城から電話丁度来た所だったんだけど…」
『大丈夫って言っておいて。菖蒲の家に居たんだ』
「そっか」
天馬が電話している間に自分の部屋に戻った。部屋着に着替えて、ネイルチップを剥がした。大きく一息吐いて、どうやって伝えれば良いのか悩んでいた。
『そうだ…連絡』
〈さっきは急に帰ってごめん。菖蒲の家に居ただけだから、心配しないで。また明日〉
それだけLINEに流して天井を仰ぐ。情けない、という想いと同時にやってしまった、とも思った。明日、ちゃんと謝っておこう。
「雪音。どうしても剣城が声聞きたいって」
『まだ電話してたの?』
「ま、まぁちょっとね」
『まぁ良いや。貸して』
「はい」
天馬からスマホを受け取って、恐る恐る耳に当てた。
「心配した」
『うん』
「もう、戻らないかと思った」
『うん』
剣城が動揺しているのが分かった。
『ごめん、勝手に居なくなって』
「怒ってないから、手の届かない所に行くな…」
『…ごめん』
「…取り敢えず、無事で良かった」
『うん、じゃあ、天馬に代わるね』
スマホを天馬に戻した。
「あ、秋姉が手伝って、だって」
『分かった』
天馬の気遣いに感謝しながらゆっくり階段を降りていった。その後は…正直あまり覚えていない。多分、心此処に在らずといった感じだった筈だ。