第17章 Loss!〈遠坂 雪音〉
『ギリギリまで…一緒に居て…』
「勿論、ずっと側に居るよ」
こうやって菖蒲に甘えたくなるのは、目覚めた時に菖蒲しか覚えていなかったからなのかもしれない。菖蒲は記憶喪失で混乱していた私をずっと支えてくれていた。
『帰りたく…ない』
「うん」
このまま、時間が止まってくれれば良いのにな…。そう思った事が何回有っただろうか。
「明日は…入学式だね」
『そう…だね。それに新入生の代表挨拶だってあるし…』
「頑張ってね。雪音」
入試を満点で通過し、勿論新入生代表挨拶もセットで付いてくる。私にとっては煩わしい物でしかないんだけど。
「雪音、これだけは覚えておいて欲しい」
『?』
「私は、いつでも雪音の味方だから。ずっと側に居るし、相談に乗って欲しい時はいつでも聞く。だから、頼ってね。雪音」
『ありがとう…菖蒲』
菖蒲に笑顔を向けた。けど、時計を見るとそろそろ帰る時間だ。
『そろそろ帰らなきゃ』
「帰ろっか」
『うん』
図書館の前で分かれてそれぞれの家へ帰る。帰りたくないという衝動から、一歩一歩が遅くなる。家が近くなるとワイヤレスのイヤホンを耳に嵌めた。
『ただいま帰りました。お父様』
「遅いぞ、雪音」
『すみません』
「まぁいい」
「こんにちは、雪音ちゃん」
また…婚約者だ。名前も覚えてないけど…まだ高校入学前の娘に触ってくるあたり、本当に頭が可笑しいんじゃないかと思う。
『どうも』
軽く礼をして自分の部屋に戻る。戻って荷物を置いた瞬間に窓から外へ出て、屋根の上へと登った。
「あれ、雪音ちゃんは…」
また入ってきた。屋根の上迄は流石に探してこないから、案外良い隠れ場所だったりする。
「何処かな〜」
大体ベッドか机の下、クローゼットを探して出て行く。今日も例外無く諦めて帰っていった。
『ふぅ…』
一息付いて、屋根の上に寝転んだ。今の季節は寒いから流石に外では寝られないけど、寝る場所も考えないとな…。
「お嬢様、失礼します」
使用人さんの声が聞こえたので、急いで下に降りた。
『はい』
「お食事の用意が出来ました」
『分かりました』
またかったるい時間が始まるわけだ。因みに、お母様とはさして話した事はないのでどういう人物なのかもあまり知らない。まぁ、結局言いたい事は、この北大路家に居る人間はほぼクズ人間しか居ないって言う事。