第73章 妊娠記録②事実報告
クロロの雰囲気が一変する。
不思議に思い顔を上げた。
屋上のフェンスが派手に鳴る。突如感じる強い念の気配に気を配るよりも先に、急に変化した目の前の景色に大きく瞳を見開いた。
「クロロ、血……ッ!」
「…擦り傷だ」
こめかみから流れる血を無視したまま 不愉快そうに黒い目を細くするクロロの顔が視界に広がっていた。
顔の横に置かれていたクロロの手が腰に回る。ぐっと引き寄せられ耳元で早口に言われた。
「リネル 許せよ」
「えっ」
言葉の是非を問うより早く、思い切り身体を突き飛ばされた。力を加減する余裕もなかったのか 簡単に飛ぶ肢体を空中で何とか立て直し、やっとの所でバランスを取る。
その間も必死にクロロの姿を目で追えば、間一髪で何者かの攻撃をかわす様子が残像のように視界に入った。
「お楽しみの所悪いねー アンタに用があってさあ」
どこからか姿を見せるのは、見たこともない能力者。ヘラヘラ笑ながら舐めた態度でクロロを見ている。
クロロはそれを真っ直ぐに見返しながらリネルに言った。
「悪かったな巻き込んで。行け」
「でも、」
「わからないか?邪魔だ」
「………っ」
その台詞はなにも 妊娠に起因する訳ではないと思う。クロロの隣で対等に戦闘を行える程 実力を備えている訳ではないし、相手の力も未知数である以上は一人の方がやりやすいのはわかる。
妙に過敏になっているのはリネルだけで、クロロは当然の行動をとったまでに過ぎない。
「仲間外れにするこたぁナイだろ カノジョもまとめて相手してやんぜ?」
「…馬鹿なヤツだ。後悔はあの世でするんだな」
すぐにクロロの右手には具現化された本が現れる。それを見るのは初めてではないが いきなり戦闘モードに入るクロロの様子に思いきり身が竦む。
同じ空間にいるだけで圧倒されてしまう凄まじいオーラを見せられれば そこに絶対的な力量の差を感じ、背筋に冷たい汗が流れた。
まるで「この場からすぐに離れて」と身体の中で誰かが叫び声をあげているようだった。
唇を噛みながら リネルはその場を去るしかなかった。