第9章 彼女の願い事
それは、虫の知らせだったんだ。
いつもは手紙でやり取りするけど、無性に日本に残した家族のことが気になって国際電話をかけた。
日本を発って三年が過ぎていた。一度も母国には戻れていない。
電話に出たのはアンだった。セイラによく似た、少し幼さが残る声。
元気かと努めて明るい声で聞いたのに、彼女は急に泣き出した。
『お願い、今すぐに戻ってきて。お母さんがいなくなっちゃう』
電話口から何度もアンはお願いと言った。「お願い、お母さんと一緒に居てあげて」って。
『すぐに戻るよ。必ず戻るからーー』
そう、約束したはずだった。
そのときにいた国の戦禍は日に日に激しさを増していた。大使館や色々な人のツテを頼ったが、結局日本に戻れたのは二ヶ月後の夏の終わり。
すぐにセイラの実家に向かって、アンとルフィに会いに行った。
間に合わなくてごめん、一緒に居れなくてごめん、辛い思いをさせてごめんーー。
これから父ちゃんがずっと一緒にいるからって、そう言おうと思った。
最後に会ったときより大人びたアンは痩せていた。
骨壺の前に正座して一切動こうとしない姉をルフィは懸命に引っ張った。
「もう顔も見たくない。会いに来ないで。
……ルフィのことは私が何とかするから」
アンは振り向こうともしなかった。怒って、憎んで、恨んで、全身で約束を破った父親のことを拒否している、そう思った。
きっと時間が解決してくれる。しばらくしたら二人を引き取って、一緒に暮らそう。
けれどその思いを曲げたのは、セイラの遺志だった。
セイラは自分が死んだ後は墓をつくらずに故郷の海に散骨してほしいと遺言を遺していた。
そしてシャンクスには子ども達に囚われずに自由に生きてほしいと。青い海を見たら、時々自分と子ども達のことを思い出してくれるだけでいい。
セイラの父親からそう伝えられ、一体何が正しいのかわからなくなった。ただ、どちらを選んでも後悔するのは間違いなかった。
シャンクスが選んだのはガープに二人のことを任せて、別離する道だった。