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【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】

第4章 夏






これまでの人生で、何かに迷ったとき、成美が思い返すのは福沢のことだった。福沢の姿はいつでも成美に道標を与えてくれた。それでも今回のことは、思い出の中の福沢をも黙らせてしまうほど、成美にはどうしようもない出来事だった。


成美は幸せになることを躊躇っていた。それはあの〝ヴァレンタインの悲劇〟で親を亡くして、十分に幸せになってしまったからだった。そんなことで幸せになれてしまう自分が怖かったし、きっと異常なのだと思っていた。


──福沢さん、わたしはまだ、幸せになるには早い気がします。


これはきっと、神さまが成美に、時期尚早だと言っているのだ。無宗教で神なんて信じたこともないくせに、本気でそう思わなければ成美は心が崩壊してしまいそうだった。


──最近、大きな変化がありすぎて、怖いです。


心の中で、福沢に語りかける。江戸川乱歩の登場が、成美の心を掻き乱してやまない。これ以上は、成美を苦しめる鎖になると思った。


──きっと、罰が当たったんだわ。


乱歩に対して、恋ともとれない醜い感情を抱いてしまったから。大好きで大好きで、福沢の言った存在が乱歩であると妄信してしまうほどに。


──でも、大好きなの、止められないの。


想い続けることこそが罰だと思った。こんなに醜い自分と乱歩が同じ想いなはずがない。きっと報われない気持ちを抱きながら、この関係を続けていくことが何よりの罰のはずだった。


明日は、カウンターに立てそうだった。




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