【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第3章 春
カランカラン、ドアベルの軽やかな音に成美が振り返ると、そこにはいつぞやの名探偵が立っていた。
「いらっしゃいませ! 二名さまですか?」
「うん、僕いつものやつね!」
「かしこまりました!」
あれ以来、乱歩はこの喫茶店の常連客になった。パフェの味が気に入ったらしい。カウンターのいちばん端の席が、乱歩の指定席のようになっていた。
今日はあのときと同じように、白髪少年が一緒にいた。お互いに自己紹介を済ませているので、成美も彼が中島敦だということは知っていた。
乱歩はひとりで鉄道に乗れないらしい。だからいつもこうして同僚の誰かが付き添ってくれるのだ。
「お待たせいたしました、珈琲と、乱歩さんスペシャルです! ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
乱歩が目を輝かせている〝乱歩さんスペシャル〟とは、ほかのパフェより大きめの器に、フルーツと、賽の目切りにしたスポンジ、アイスクリーム、プリン、そしてたっぷりの生クリームが乗ったいかにも甘いパフェのことだ。
よく胸焼けせずに完食できるなといつも感心するくらいだ。
「なんだい、成美ちゃん、この色男は。まさか〝コレ〟かい?」
成美に笑いながら訊いてくるのは、こちらも常連の親父さんだった。内容が内容なのに嫌な感じがしないのは、ひとえに親父さんの人徳というものだろう。
「違いますよぅ、親父さん! ちょっとしたことでお世話になった方なんです」
「なんだい、そうか。成美ちゃんはいい子だからなあ、いい人見つけて、幸せになってもらいたいもんさ」
「やだなあ親父さん、私はもうすっかり幸せですよ」
親父さんは、成美がこの喫茶店で働き始めた頃からよくしてくれている。成美のことを気にかけて、それこそ親のように心配してくれる人だ。