第3章 今日も夜が来る/小話集め
4.並んだ歯ブラシ/イルミ
ラブホテルの浴室。
磨き上げられた鏡の前に並ぶ歯ブラシには そういえば触れた事がない。
「イルミ また来てね。お店」
「そのうちね」
行為で乱れた化粧を直すあたしの横で、彼ははだけた服を元通りにきちりと正す。そうすれば 今しがたこの部屋で交わした痴情は何もなかったことになる。
これからお互いもう一仕事、ゆっくりしてはいられない。
「じゃあね」
「うん」
もし仮に、どちらかが本気で口説きをかけたなら あたし達にも歯ブラシを使うくらいの時間は生まれるのだろうか?