第21章 一世の契り * 帰蝶
『────帰蝶さん』
その柔らかな声が、やたらと耳につくようになったのはいつ頃からだっただろうか。
お前は敵方の女だ、本来ならば俺達の存在軸が交わるわけもない。
なのに───…………
お前は染み入るように、俺の中に入り込んできて。
挙句の果てに『帰蝶さんが好きです』など、戯言を言うから。
お前のせいで、目を離せなくなった。
この責任をどう取ってくれる?
か弱く、愚かで。
でも、時に強くて聡い、純な娘。
お前の存在は異質だった、今までに出逢ったどの女とも違う。
物珍しさはあったが、本能的に近づくまいと思った。
そう、戦のために利用する時以外は。
近づいたら…きっと俺が俺で無くなると、直感でそう思ったからかもしれない。
────だから、好きなどと言うな
今日は酷い雨。
少しばかり織田の連中とやり合った。
特にこちらは痛手などは無いが……
お前が商館に顔を見せたのは予想外だった。
ここへ来て何を言う?
織田に牙を剥く事への文句か、それともまた戯言を抜かすか。
後者ならば、すぐさま帰れ。
俺が"俺"である内に。
それはすなわち───………
俺がお前を傷つける前に。
雨音が耳鳴りのように響く。
ああ…痛い程に響くから、
どうか、愚かな考えまで、
天の雫で洗い流してくれ。