第8章 Water
もう一度、今度は汐に言い聞かせるように言った。
汐は驚いた顔で凛を見上げた。
汐は気づいてないだろうが、その瞳には涙が浮かんでいた。
「話すのがつらいなら、無理に話さなくてもいい」
不器用ながら凛の優しさだった。
あえて汐とは目を合わせなかった。
汐はまばたきをした。その瞬間、汐の瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。
そして凛が言わんとしてることを理解した。
凛の気遣いが嬉しかった。
さっきまで心が押しつぶされそうなくらいに苦しかったのに、ゆっくりとその苦しみがすーっと晴れていく気がした。
こぼれ落ちた涙を指でぬぐい、笑顔を浮かべた。
「松岡くん、ごめん、ありがとう」
ふわりと微笑んだ。
凛は汐の笑顔を見た。
普段通り、とまではいかないが漂わせていた悲しみは幾分和らいだ。
凛は少し安心した。
安心した様子を顔に出さないようにして、いくぞと汐に声をかけた。
駅に着く頃には空は藍色に変わりつつあった。
駅の出入り口では大勢の人が行き来していた。
そこを背にして汐は凛に向かい合う。
「松岡くん、いつもありがとね」
「…」
いつもならここで、じゃあなと言ってお別れである。
しかし今日の凛は黙っていた。
その様子を少し不審に思ったのか、汐はやや眉を寄せながら凛をのぞき込む。
「松岡くん、どうしたの?」
「改札まで行ってやる」
なぜだか今日は、このまま帰したくないと思った。
もう少し一緒にいたい、そう思った。
けれど凛は汐の彼氏でもなんでもないから、引き止めることは出来ない。
初めて凛は、この汐との関係性にもどかしさを感じた。