第11章 Emotion
汐は一瞬耳を疑った。
〝汐が好きだ。俺のそばにいてほしい。〟
聞き間違いじゃないかと思った。
聞き間違いにしては、やけに自分に都合のいい聞き間違いだと思った。
しかし、今自分は凛の腕の中にいる。
汐は混乱した。
しかし
自分を抱きしめる凛の逞しい腕の力強さとやさしさ。
それはじわりと心のすきまに染み渡るように混乱を鎮め汐の中に広がっていった。
腕と同様に逞しい胸。
そこから聞こえる凛の鼓動。
汐と同じくらい、早鐘のようにどくどくと脈打っていた。
何も言わずに応えを待つ凛。
あたりは凪ぐ水面のように静まり返っていた。
まるで今この世界には凛と汐2人しかいないものだと錯覚してしまうほどに。
生き物という生き物はみなこの2人のために意図的に息を潜めているようにも思えた。
時間にしては一瞬。
2人にとっては永遠とも感じた静寂だった。
心なしか、凛の汐を抱きしめる腕の力が強くなる。
汐は言葉が出なかった。
返事をしなくては、なにか言わなくては、と思えば思うほど言葉は喉の奥につっかかったように出てこなくなる。
気持ちが言葉を追い越していた。
言葉の代わりに零れたのはひとしずくの涙だった。
そのしずくは汐の右目から零れ、頬を伝った。
「ありがとう...うれしい...」
やっとの思いで絞り出した言葉。
この言葉に、すべてが込められていた。
汐は凛の広い背中に腕をまわした。
そしてそっと凛を受け容れた。
(あったかい...)
ゆっくりと凛のぬくもりが伝わってくる。
なんてあたたかいのだろう。
こんなに幸せなぬくもりって、あったんだと汐は心の中で呟いた。
凛にすっぽりと包まれた汐は凛の胸に顔をうずめ、肩口に頭を預けた。
先程よりもよりはっきりと凛の鼓動を感じることができた。
背伸びをしてそっと凛に耳打ちをした。
「―...。―...。」
「...!」
ルビーの瞳とローライドガーネットの瞳がぶつかった。
汐は笑っていた。その両の瞳には今にも零れそうな涙。
その顔を見た凛も瞳に涙を浮かべながら汐を思いきり抱きしめた。
「ありがとう...。ほんと、好きだ...」
愛しくてたまらない。
凛と汐、2人の鼓動が重なった。