第11章 Emotion
「あの夜、榊宮...お前に言われたことと同じこと地方大会の前の晩御子柴部長に言われた。昔のしがらみに囚われて自分のチームじゃなくて岩鳶SC時代の仲間のことを見ていたこと、榊宮に言われた時に気づけなかった俺は未熟だった」
凛は静かに話し続けた。汐も黙って聞いていた。
凛の話す声以外に音はない。
とても静かな空間だった。
「けどもう、過去に縛られるのは終わりだ」
凛は顔を上げた。
それは、いつか汐が見惚れた、凛という名に違うことのない凛々しく美しい貌だった。
まっすぐ茜色の空を見つめる瞳には意志の強さがわかる光が宿っていた。
「松岡くんは過去の束縛から解放されたんだね」
自分のことのように嬉しかった。
これでもう凛が苦しむことはないだろう。
「...あたしは、まだ...」
「?なにか言ったか?」
汐がひとり漏らした呟きは凛には届かなかった。
「なんでもないよ」
本当に何もなかったかのように微笑んだ。
表情を改めて、汐は続ける。
「松岡くん、元気になってよかった。実は地方大会の男子のリレー見てたんだ。松岡くん岩鳶高校の人と一緒に泳いでたでしょ?感動した。あたし、松岡くんの心からの笑顔見たらなんか泣けてきちゃってね。ひとりで泣いてたらみんなに汐なんで泣いてるのって笑われちゃったよ」
当時のことを思い出しながら笑みを漏らす汐。
やっぱり、と思った。汐の照れ笑いと江の言っていたことが今の目の前で重なった。
江が見たのは汐だった。
「榊宮」
凛はベンチから立ち上がった。
何かが地面に落ちる音がした。
それは凛のポケットから落ちたケータイだった。
汐はベンチから立ち上がりケータイを拾いあげた。
軽く土を払い、ケータイを差し出しながら凛を見上げた。
「落としたよ?」
凛が初めて汐と会ったときと同じ笑顔だった。
軽く茶化すようないたずらな微笑み。
その時もきっかけはケータイだった。
後ろからさす夕日は花壇に咲くひまわりと、今自分の前にいる汐を照らす。
オレンジ色の光は汐の髪を艶めかせ、瞳を輝かせた。
気持ちが言葉を追い越した。
それ以上に身体が気持ちを追い越した。
次の瞬間、凛は汐の腕を引いて、汐を抱きしめた。
「なっ...あっ...っ...!どうしたの、松岡くん...っ」