第5章 隣の温もり
懐かしい夢を見た。
故郷の草原を走っている。
穏やかな日差しに包まれ、幸せに続く未来を疑うことなく、大切な人を大切に思い、幼き日のザラは、そこにいた。
すぐ近くをアーヴィンが走っている。
アーヴィン早くと手招きすると、アーヴィンは微笑んだまま、ザラからは道を外れて、森の方へと走っていった。
アーヴィン違う、そっちじゃない。
そう叫びたいのに、声が出なかった。
穏やかに笑うアーヴィンの姿が遠ざかる。
アーヴィン違う、そこにいちゃいけない、違うの、ここにいちゃだめなの、お願いこっちへ来て。手を伸ばして。私の手を掴んで。アーヴィン、アーヴィン……。
声にならない叫びをあげながら、ザラの両頬を涙が伝った時、不意にザラは、後ろから温かい腕に包まれた。
驚いて眼を瞬かせていると、ザラの耳に寄せられた口元から、優しい吐息がこぼれた。
───もう、いいんだよ。
振り向かずとも、誰だかわかった。
ザラはしゃくり上げながら流れる涙をそのままに、眼を閉じた。
いやだ、とザラは首を振った。
しかし、そんな風に抵抗しても、もうその人に、生きる意志はないのだとありありとわかった。
自分を抱きしめている腕をそっと握る。
『…いや、だ、アーヴィンも、行くの。アーヴィンも、一緒に、行くの。私と、一緒に、これからもずっ、と、一緒に、一緒に……』
嗚咽しながら言うザラを最後にひときわ強く抱きしめ、そっと腕は離れた。
───もういいんだよ、ザラ
許してくれ…
愛した人の声が、波が引くように、遠ざかっていく。
ザラは振り返ることができなかった。
自分と生きることよりも、死ぬことを選んだその人を恨みたいのに、恨むことなど、できやしなかった。
堪らずその場にしゃがみ込むと、膝を抱えてザラは泣いた。
泣いて、泣いて───そうして、目が覚めた。
眼を開けてしばらくの間は茫然と天井のシミを見つめていたが、やがて涙が目元や耳、枕までをぐっしょりと濡らしていたことに気がつくと、ザラはゆっくりと身を起こして、濡れそぼった顔を手で拭った。
わかりやすく、アーヴィンが夢の中にまで出てきてくれたのだと思った。
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