第11章 帰還3
私も部屋の中を見ようと振り向いたが、信長に抱え直され、よく見えない。
がしかし、男女の悲鳴に近い声だけは聞こえた。
「ヒィィッ!」
「おっ、お屋形様!」
「……貴様ら……如月、戸を閉めよ。……後は分かっておるな?」
「はっ!」
信長の声色は、抑えてはいるが、かなり苛立っているようで、どうしたのかと顔を見るが、恐ろしく無表情だった。
(あれ? この顔の時は何かを我慢してる筈。如月も似たような顔だな。マズい事したか?)
止めるのも聞かず、階段を駆け下りた事が信長を苛立たせてしまったと思い、信長の胸に顔を埋めた。
「父上……勝手な事して、ごめんなさい」
「……あつ姫、何を謝るのだ? お前は何も悪くない。……泣くでない。お前に泣かれるのが一番堪えるわ」
歩きながら、私の頭を撫でる信長の声色は、困ったような感じはしたが、すでに元の信長に戻っていた。
だが、言われるまで、自分が泣いている事には気付かなかった。
この時代に来てから、よく涙を流すが、悲しくて涙が出るのは、山の中で妙な男に会ってからだと、その時はそう考えていた。
信長の居室に入ると、文机の反対側に降ろされた。
私の涙は止まっていたが、信長が心配そうな顔をしてこちらを見ているので、先程の事には触れてはいけない気がした。
黙っていると、信長が小さく溜め息を吐いた。
「……あつ姫、俺はお前のした事には怒っておらん。下の階も見たければ、いつでも見て良い。だが、必ず共を付けろ。お前はまだ全てを思い出しておらん。ゆえに、またいつ気を失うか分からんから心配しておるのだ」
「……うん……。相分かった……」
とりあえず返事はした。
信長は、私を縛るような事はしないが、私自身、記憶が飛びまくっている事にマズいと感じていたのは事実。信長が心配するのは当たり前なのだ。
だが、おかしい。
話を逸らされた感じもするが、先程の信長の怒り様は、抑えてはいたが私でも分かった。
よく考えたら、『厳重な警備』の天主に信長が許可していない者達が入り込んでいたのだろう。
(そうか、だから父上が怒ったのか。あれ? だけど、父上の天主で女子が泣いてた? 父上が仕事以外で女子と話すのは見た事ないけど。嫌な感じがする)
「気持ち悪い……吐きそう……」
口に手を当て、目を瞑ると私の意識はそこで途絶えたのだった。