第3章 二人の関係
皆が出て行った部屋。
信長は、目を覚ました後、すぐに政務に取りかかれるよう寝所ではなく、居室で身体を休ませていた。
ゆえに居室の上にある寝所には誰も居らず、あつ姫を寝かせておくには最適な場所だった。
しかし、すぐに寝所に向かわず、外を眺めながら少し考えていた。
「お屋形様、軍議は如何されますか?」
声を掛けたのは小姓だったが、信長は何も答えず、しばし沈黙した後、振り向きざまに抜刀し、その刃先を小姓に向けた。
「……っ⁉︎ お、お屋形様……?」
「よう聞け……今日見た事、全て他言無用……。俺の瞳の色が変化した事。帰蝶の事。娘の事。全てだ。……一言でも漏らせば、一族郎党全て殺す。俺に嘘は通用せん事は分かっておるな?」
信長の左右色違いの瞳に囚われ、小姓は生唾を飲み込むと、ぶるぶると震えながら頷いた。
それを確認した信長は、刀を鞘に納めると一通の書状を認めた。
「貴様は、この書状を宛名の者に至急届けよ。必ず本人に渡せ。他の者に託す事は許さん。……行け」
「ははぁっ、仰せのままに……」
震える手で書状を受け取ると、小姓も足早に部屋から出て行った。
信長は、大きな溜め息を吐くと再び外を眺めながら、しばらく微動だにしなかった。
同じ頃、
光秀は帰蝶を連れ、城門に向かう廊下を歩いていた。
しかし、後ろを歩く帰蝶を気遣う事もせず、段々と歩みが速くなっていた。
「光秀殿、お待ち下さいませ」
帰蝶が声を掛けるも、彼の耳には届いておらず、二人の間はどんどん離れて行った。
それが帰蝶には耐えられなかった。
「明智光秀っ! 止まりなさいっ!」
彼女は、精一杯の大声で叫んだ。
すると、光秀の歩みが止まり、振り向いた。
だが、その顔は険しく怒りに満ち、お前など知らないと言いたげな、冷たい目をしていた。
「帰蝶殿、私は忙しい身ゆえ、早うお帰り下され」
突き放す光秀は、再び歩みを進めようとした。
だが、彼の態度に腹が立った帰蝶は礼儀作法など忘れ、近くの襖を開けると、光秀の袖を掴み部屋へと連れ込んだ。
「帰蝶殿、私は忙しいと言ったはずですが」
「光秀殿、何故そんな他人行儀なのですか? 私と会うのを信長様に止められたのですか?」
瞳に涙を溜めた帰蝶は、光秀の胸にすがりついた。