第12章 憂鬱1
大量の料理を残さず食べ終わるまで、お茶を啜りながら、目の前でニヤついている信長に段々と腹が立って来た。
「父上、食べ終わったなら、仕事をすれば良いのに。軍議は何時から? 姫は天主から出ないし、何処にも行かないよ」
「何だ? 親子水入らずが嫌なのか?」
「水入らずって、如月も居るし……って、あれ? 居ない?」
「ククッ、気付かなんだのか? 彼奴なら膳を置いてすぐ出て行ったぞ」
朝餉の膳に驚いて、全く気付かなかった。
いや、いつもは護衛が必ず傍に居るから、居て当たり前だと思っていたのだ。
「珍しいね。姫の傍を離れるなんて……」
「まあ、外に控えておるがな」
そう言って、信長は、襖の方に一瞬だけ視線を向け、持っていた湯呑み茶碗をコトンと膳に置くと、真剣な眼差しをした。
「あつ姫、お前がこの時代に来て数日経つが、再会したのも束の間、お前は姿を消した。どれ程心配したか……もう俺から離れる事は許さん」
「もう何処にも行かないって言ったよ。それに、父上と一日中一緒にいる訳にはいかないし」
「そう言う意味ではない。この時代は、お前には危険過ぎるゆえ、俺の目の届く所におれと言う意味だ。お前の安全の為だ」
「危険って……如月や護衛達も居るし大丈夫だよ」
意味の分からない事を言われ首を傾げるが、信長の表情は更に真剣なものになっていた。
「あつ姫、お前、自分の事を何処まで思い出した? 今何歳だ?」
「えっ……? 九歳……違う、十歳になった」
確か、誕生日の前日にこの時代に来たから、数日経ったなら、十歳になった。
自信を持って答えたつもりだったが、目の前の信長の表情が曇って行くのが分かった。
(あれ? 間違えた? 何かマズかったか?)
「……そうか……十歳、か……俺の事と時を超えた事は理解しているな?」
「……うん」
「では、あつ姫、お前の側近達の名は分かるか?」
信長の表情に戸惑っていると、次の問い掛けに私は、言葉を詰まらせる事になった。
「如月あぐり……」
如月の名前しか出て来なかった。
信長は『側近達』と言ったのにだ。
側近と護衛は少し違う。
頭では理解しているのに『側近達』の顔も名前も分からなかった。
そして、何故か大吾の名は出してはいけない気がした。