第11章 帰還3
政宗は、触書きをずっと注視していた。
それは、信長が直筆で触書きを出すなど初めての事だったからだ。しかも、如月は触書きに書いてある六つめの条目を口に出していない。
訝しげに如月を見ると、彼女と視線が合った。
「吊るされた二人……今朝、上様のお住まいである天主に無断で立ち入ったばかりでなく、事もあろうに、上様の天主で猥褻な行為を……二人の姿は、上様御自身で見咎めておられます。首を刎ねられなかったのは、その場に姫君様が居られたからです。二人は、今日一日ここに吊るしておきますが、女子は解雇及び安土より追放。男の方は、追って沙汰があるでしょう。……また、姫君様……あつ姫様は、二人の姿を見たわけではありませんが『女子が虐められている』とお思いになり、酷く御心を痛められ、伏せってしまわれました。風紀の乱れは姫君様に悪影響です。よって、今後、女中から下女に至るまで厳しく取り締まります」
如月の言葉に一部の者を除き、吊るされている男女の事より『姫君様』が気になり騒ついていた。
それもそのはず。あつ姫が信長の娘だと知っている者は僅かしかいない。
皆の声が次第に大きくなる。
「静まれッ!……一切動かず、口も開くなと申したでしょう」
如月の殺気の篭った一喝に、政宗も含め、ビクッとした。
「私とした事が、最も大切な六つめを忘れていましたね」
いや、絶対にわざとだ。
政宗は、如月の意図が段々と分かってきた。
信長を『上様』と呼ぶのは、武将以外。分かりやすく説明する為、そう呼んだ。
そして、触書きの六つめを言わなかったのは、吊るされている二人の事を説明する為なのだろう。
「六つ、織田三郎信長の娘、あつ姫に逆らうべからず。
あつ姫の言葉は、織田三郎信長の言葉とする。
六つめは、上様が一番仰りたい事です。いずれあつ姫様は、ご自由に城内を歩かれます。皆、粗相のないように。それでは仕事に戻りなさい」
今度こそ如月はその場を後にした。
残された者達は、何故今頃こんな触書きを思ったが、とにかく今後は城の規律が厳しくなるのは理解した。
そして、信長に娘がいる事も分かった。
家臣達は、己の上司に事の次第を聞く為、足早に去ったが、女達は召し上げられるのを夢見ていた者も多く、不機嫌な顔をして自分の持ち場へと戻って行ったのだった。