第118章 記憶の欠片<壱>
翌朝。
あの日以来鉄火場に会っていなかった汐は、彼女のことが気になり工房へと足を進めていた。
あの時、鉄火場の気も知らずに声を荒げてしまった事を、汐は気にしていた。もしも自分のせいでこれ以上彼女が落ち込んでいたらどうしようと、不安だったのだ。
工房に近づいた汐は、目を大きく見開いた。工房の煙突から煙が上がっており、鉄を打つ音が聞こえてきたのだ。
(鉄火場さん、やる気出してくれたんだ!)
汐は嬉しさに顔をほころばせながら、そっと工房の中を覗き込んだ。
そこには床一面に散らばる紙や巻物があり、その奥では一心不乱に槌を振り下ろす鉄火場の姿があった。
(これが鉄火場さんの、刀鍛冶師の姿・・・)
今まで見てきた彼女とは全く違う雰囲気に、汐は息をのみその場で立ち尽くしていた。
しばらくして鉄火場は顔を上げると、炉の火を調節しながら熱した鉄を中に入れ、それからそれをもう一度打ち始めた。
真っ赤な塊が、段々と伸びて刀の形を作っていく様に汐は目を奪われていた。
やがて仕事がひと段落したのか、鉄火場が立ち上がると、立ち尽くしたままの汐と目が合った。
「汐殿。いらしていたのですか」
鉄火場は少しうれしそうな声でそう言うと、汐は慌てて言った。
「ご、ごめんなさい。仕事の邪魔しちゃって」
「いいえ、大丈夫ですよ。そろそろ休憩にしようと思っていたところです。ところで汐殿は何故ここに?」
鉄火場の問いかけに、汐は彼女のことが心配で様子を見に来たことを話した。
「そうでしたか。ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、汐殿のお陰で私も刀を打つ理由を再認識できましたから、貴女には本当に感謝しています」
鉄火場はそう言って汐に深々と頭を下げた。
それを見た汐は、何だかひどく照れ臭くなって目を逸らした。