第117章 刀鍛冶の里<肆>
「あら、玄弥じゃない!」
立ち上がった汐は、玄弥の顔を見るなり驚いたように声を上げた。
玄弥も汐の顔を見た途端、瞬時に顔を引き攣らせた。
「お、お前。い、いや、あんたは・・・!大海原・・・、さん」
玄弥は何故か汐を敬称で呼んだため、汐は思わずずっこけそうになってしまった。
「なんで他人行儀なの、汐でいいわよ。同期だし、知らない仲じゃないでしょ?」
「え、いや、だって」
玄弥は顔を赤らめながら目を逸らし、汐は怪訝そうな顔で見つめた。だが、自分の本来の目的を思い出すと、途端に顔を青くさせた。
「あ、そうだ!あんたこの辺で、赤い鉢巻を見なかった?」
「赤い鉢巻?いや、見てねえけど・・・」
「そう。じゃあこのあたりじゃなかったのかしら。ああもう!こんなことならちゃんと場所を把握しておくんだったわ!!」
汐のあまりの慌てように、流石の玄弥も気になったのか尋ねた。
「そんなに大事な物なのか?」
「そうよ!あれはあたしの父親の形見なの。だから早く見つけないと!」
汐の【父親】という言葉に玄弥は一瞬表情を歪ませたが、小さく舌打ちをするともう一度訪ねた。
「本当にここで間違いねぇのか?」
「多分、そうだと思う。この辺の温泉、似たような所ばっかりで区別が難しいから」
「なんだよそれ。それじゃあ探しようがねえだろ」
玄弥が呆れたように言うと、汐は驚いたように顔を上げた。
「えっ、一緒に探してくれるの?」
「かっ、勘違いすんじゃねえよ!あんたに騒がれると、いろいろ面倒なだけだ」
玄弥はぶっきらぼうに言いながら汐から目を逸らし、温泉の奥の方に歩きだした。
そんな彼の思わぬ行動に、汐は呆然としながらも慌てて反対側から探し始めた。