第107章 変わりゆくもの<肆>
「大丈夫?もしも少しでも気分が悪くなったら、すぐに教えて」
「ありがとう、カナヲ。今のところは大丈夫だよ」
ベッドから体を起こしながら、炭治郎は優しくほほ笑んだ。
吉原の戦いから二か月。炭治郎はその日から昏睡状態であったが、昨日やっと目を覚ました。炭治郎が目覚めたことで、蝶屋敷中は喜びの声に包まれた。
「ところで、汐はどうしたんだ?」
炭治郎が唐突に尋ねると、カナヲは少し困ったような顔で笑いながら言った。
「今は部屋で休んでるわ。昨日はいろいろありすぎて、疲れちゃったみたい」
「いろいろ?そう言えば俺が目覚めた時、汐の様子が少しおかしかったみたいだけれど、何があったんだ?」
炭治郎の問いに、カナヲは目を伏せながらぽつりぽつりと話し出した。
「汐はね、炭治郎より二週間早く目覚めたんだけれど、自分の事を含めて全部の記憶をなくしていたの」
「記憶を!?」
「うん。だから汐が鬼殺隊を辞めてもらうって話も出ていたんだけれど、私は凄く嫌だった。そんなこと、絶対に汐が望むわけないって思ったから。だから、少しだけ待ってほしいって頼んだの」
そう言って膝の上で拳を握るカナヲに、炭治郎は口を開けたまま彼女を見つめていた。
「それにね。汐は記憶をなくしても、あなたの事はずっと気にかけていたの。機能回復訓練の後、毎日眠っているあなたの所へ通っていたから・・・」
「そう、だったのか。そんなことがあったことを知らずに、俺は・・・」
炭治郎はぎゅっと目を閉じ、悔しそうな表情を浮かべ、そんな彼をみてカナヲは首を横に振った。
「炭治郎は何も悪くないよ。それに、結果的には汐の記憶も戻ったし、気にすることはないと思う」
「そうか・・・、ありがとう、カナヲ」
そう言って満面の笑みを浮かべる炭治郎に、カナヲの胸の中に嬉しさが沸き上がった。
「あ、カナヲさん。しのぶ様がお呼びですよ」
「あ、うん、わかった。それじゃあ炭治郎、またね」
カナヲは椅子から立ち上がると、炭治郎に背を向けたが、その背中に向かって彼は声を掛けた。
「あ、カナヲ。汐を気に掛けてくれてありがとう!」
炭治郎のその言葉に、カナヲは今までに感じたことのない、奇妙な感覚を覚えるのだった。