第106章 変わりゆくもの<参>
「!!」
その名を聞いた瞬間、汐の中に、一気に記憶の波が流れ込んできた。
白黒だった世界が急速に色づき、頭からつま先まで熱いものが駆け巡った。
(そうだ。全部、全部思い出した・・・!!この人の名は、彼の名は・・・!!)
「炭治郎っ・・・!」
汐は、はっきりとした声で炭治郎の名を口にし、慌てて彼を見た。すると、ずっと固く閉じられていたままの炭治郎の両目から、涙の雫が零れ落ちていた。
「炭治郎っ・・・!!」
汐がもう一度彼の名を呼ぶと、炭治郎の瞼が細かく震え、そしてゆっくりと開いた。
炭治郎の赤みがかかった瞳が汐をゆっくりと映し、汐の真っ青な瞳にも、炭治郎の姿が写った。
「うし・・・お?」
炭治郎の口からかすれた声で汐の名前が紡がれた瞬間、汐の両目から涙があふれ出し、その雫が炭治郎の顔に降り注いだ。
「炭治郎っ!炭治郎っ!!うわあああ、あああああ!!!」
それから汐は炭治郎を抱きしめ、わき目も降らずに大声をあげて泣いた。いきなり泣き出した汐に炭治郎が困惑していると、泣き声を聞きつけたのかたくさんの足音がこちらに向かってきていた。
「炭治郎、汐!」
真っ先に入ってきたのはカナヲで、その後ろからアオイと三人娘が続き、彼女たちの目は炭治郎に縋って泣きじゃくる汐の姿が目に入った。
「汐、あなたまさか、記憶が・・・!」
何度も炭治郎の名を呼びながら泣く汐を見て、カナヲは汐の記憶が戻っていると確信した。そして二か月も昏睡状態だった炭治郎が目覚めていると認識した瞬間、彼女の目にみるみるうちに涙がたまった。
それを見たアオイたちも、あふれ出す涙をこらえきれずに、炭治郎と汐に縋って泣き出した。
騒がしくなる病室を、しのぶは遠くから眺め、心なしかその瞳は潤んでいるように見えたのだった。