第99章 役者は揃った<肆>
丸腰になった汐に向かって、妓夫太郎は血の刃を両腕から放った。その真紅の刃が汐の身体に食い込む寸前。
汐は身体をくたりと曲げ、刃は肌を傷つけることなく掠めて飛んでいった。
だが、血の刃は妓夫太郎の意思で太刀筋を変えることができるため、身をかわしてもほとんど意味がない。
その事を汐は知らないのか、宇髄は慌ててそのことを伝えようとした。が、
「もう遅えよ」
妓夫太郎の言う通り、汐の死角から躱したはずの刃が迫ってきており、彼女の身体を穿とうとした瞬間だった。
汐はまるでその動きを読んでいたように、無駄のない動きで躱した。しかもそれだけではなく、四方から飛んで来る刃や堕姫の帯を、全て紙一重で躱していた。
武器も持たず、ひたすら攻撃を躱すその姿は、動きも相まってまるで踊っているようにも見えた。
海の底のような真っ青な髪を振り乱し、無数の刃の間を縫うようにして踊り狂う少女に、宇髄は思わず見とれそうになった。
だが、すぐに視線を戻し、鬼の目が汐に向いている隙に彼は思い身体を動かした。
(なるほどなあ。攻撃をすべて自分に集中させて、柱が動ける隙を作ったか。何ともまあ、浅はかでお粗末な策だ)
妓夫太郎は冷めた表情で小さくため息を吐くと、背後で動く宇髄に向かって血の刃を放った。だが、刃は彼の意思に反し、宇髄には向かわず再び汐に向かって飛んでいった。
(何!?)
確かに宇髄に向かって放ったはずなのに、何度念じても刃は汐の方ばかりに向かって行ってしまう。堕姫を操り帯を向けても、攻撃は全て汐に吸い寄せられるように行ってしまった。
(なんだこれは?どうなってやがる?なんであの女にばかり攻撃が行って・・・)
そこまで考えた妓夫太郎は、血鎌を操りながら耳を澄ませた。すると、微かだが汐の口から歌が零れている。
その歌声は妓夫太郎の耳を通り、脳に張り付く様にして響き渡っていた。