第91章 蠢く脅威<肆>
それは、汐が遊郭に潜入する二か月ほど前。
汐がいつも通り稽古をしていると、ふと甘露寺が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、しおちゃんの海の呼吸って伍ノ型までしかないのね。元からなの?」
「うん。海の呼吸はおやっさん、あたしの育手が独自に生み出したものらしいんだけど、未完成の呼吸なんだって。でも、
おやっさんは完成させる前に死んじゃったから、実質的に伍以降の型は存在しない」
運動後の柔軟体操をしながら、汐はしっかりした口調でそう答えた。
「だけどこのままじゃ絶対に駄目。ウタカタはあくまでも補助に使うものだから、鬼に致命傷を与えるには海の呼吸が不可欠だって改めて思った」
汐は甘露寺を見上げると、凛とした表情で口を開いた。
「みっちゃん、いえ、師範。あたし、どうしたらいいと思う?」
汐の真剣な言葉に甘露寺は自分を頼ってくれる嬉しさをかみしめつつ、顎に手を当てて考える動作をした。
「そうね。私も海の呼吸は初めて聞いたから、水の呼吸から派生していると思っていたんだけれど、しおちゃんの話を聞く限りそうじゃないみたいだし・・・。あ、そうだ!無いなら自分で作ってしまうのはどう!?」
いきなりの提案に汐はぽかんとた表情で甘露寺を見つめた。
「私の恋の呼吸も、元々は炎の呼吸を元に自分で作った物なの。だからしおちゃんも自分で自分の型を編み出してみたらどうかしら?」
「どうかしらって、ずいぶん簡単に言ってくれるなあ」
相も変わらずぶっ飛んだ物言いに汐は思わず閉口するも、彼女のいうことも一理ある上にこのままではどんづまりなのは確実なため、汐はその提案を受け入れることにした。
しかし、その後に待っていたのは地獄だった。