第84章 鬼潜む花街<壱>
夜の帳が降り、金色の月あかりが雪化粧を施された山肌を照らす頃。
男は一人、明日のための仕込みをいそいそと行っていたが、ふと、背後に気配を感じて振り返った。
『君は・・・。まだ起きていたのか』
そこにたたずんでいた人影に、男は作業する手を止めて優しい声色で声をかけた。
『もう夜も遅いしみんな眠っている。それに今日は君も頑張ってくれて疲れているだろう。早く寝たほうがいい』
しかし人影は男のいうことに耳を貸さず、彼を見上げて口を開いた。
『貴方に一つ聞きたいことがある』
『・・・何かな?私に答えられることならば答えるよ』
その小さな体からは似つかわしくない、冷静かつ淡々とした声に、男は特に表情を変えることなく言葉を待った。
『家族とはなんだ?』
『・・・それは、簡単で難しい質問だね』
男は苦笑いを浮かべながら、小さな人影をそっと見つめた。
『私が知っている限りでは、家族とは婚姻関係で結ばれた夫婦、および夫婦と血縁関係のある集団だと聞いている。現に貴方にも伴侶がおり、そして子供もいる。それは家族と呼ぶべきものに値する。だが、私には親と呼ぶべき者も、血縁関係のある者は誰もいない。それはあの男もそうだ。しかし――』
小さな人影は、男の傍に足を進めると、小首をかしげながら眉根を寄せた。
『あの男は私を【家族】と呼んだ。私とあの男に血縁関係などない。血縁関係のないものを家族とは呼ぶべきではない。なのに、何故私を家族だといったのか、わからないんだ』
紡がれる言葉に男は少し考えるように首をかしげると、そっと言葉を紡いだ。
『君の言う【家族】は決して間違ってはいない。血の繋がりがある人達を家族と呼ぶのは当然のことだ。けれど、それだけが家族といったらそうじゃない』
『どういうことだ?』
『血の繋がりがあってもなくても、強い絆で結ばれていればそれも一つの【家族】といえるのではないかと私は思っている。少なくとも私には、君と彼との間には縁のようなものがあると思っているよ』
男の言葉に小さな人影は「縁か」と小さく呟いた。
『相いれない存在のはずの私達がこうしていることも、一つの縁だということか』
『少なくとも彼はそう思っているんじゃないかな』
男の言葉に小さな人影、青い髪の小さな少女は少しだけ眉をひそめ、困ったように笑った――