第83章 幕間その伍:紡ぎ歌(栗花落カナヲ編)
その日は、少しだけ雲がかかった晴れた日の事。
「こんにちは~。誰かいないの~?」
蝶屋敷に響き渡る声の主は、真っ青な髪に赤い鉢巻を巻いた少女、大海原汐。普段は甘露寺の別宅に住み、師範である彼女の下で鍛錬をしている。
今日は甘露寺から頼まれ、しのぶへ渡すものを持って蝶屋敷を訪れたのだ。
しかし声をかけても誰も来る様子は無く、汐はそのまま足を進めた。
中庭に向かおうとすると、汐の目の前を何かが通り過ぎた。それは日の光を浴びて虹色に輝くシャボン玉。
誰かがいることを悟った汐は、シャボン玉が飛んできた方向へ向かった。
そこでは、蟲柱・胡蝶しのぶの継子の少女、栗花落カナヲが縁側に座って空に向かってシャボン玉を吹き出していた。
今までは特に何もせずぼうっとしていることが多いカナヲが、こうして何かをしていることは珍しく、汐は思わず目を見開いた。
「おーい、カナヲ!久しぶり!!」
汐は大きく手を振りながら、カナヲの名前を呼んだ瞬間。カナヲは肩を大きく震わせると、持っていたシャボン液の入ったコップを落としてしまった。
シャボン液が飛び散り、カナヲの隊服にかかり大きなシミを残す。
「やだっごめん!大丈夫!?」
汐は慌ててカナヲの元に駆け寄ると、手ぬぐいを取り出しカナヲの隊服を拭こうとした。が、カナヲはそれを拒否するように一歩下がると、慌てた様子で屋敷の中に戻っていった。
「・・・・」
汐が呆然とカナヲが去った方角を見つめていると、後方から洗濯物の入った籠を持ったきよが歩いてきた。