第74章 誇り高き者へ<壱>
「ならない」
鬼の言葉を煉獄は一蹴し、刀を握る手に力を込めた。しかし鬼は、特に気にする様子もなく言葉を続けた。
「見れば解る。お前の強さ・・・柱だな?その闘気、練り上げられている。至高の領域に近い」
鬼の言葉を聞いていた煉獄は、目を見据えながら静かに名を名乗った。
それを聴いた鬼は嬉しそうに笑うと、その口を再び開いた。
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座(あかざ)。杏寿郎、なぜお前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう。人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ」
猗窩座と名乗った鬼は、右手の人差し指を煉獄につきつけながら教え込むように言葉を紡いだ。
「鬼になろう、杏寿郎。そうすれば、百年でも二百年でも鍛練し続けられる。強くなれる」
二人のやり取りを聴きながら、炭治郎はゆっくりと動き、隣にいる汐を揺さぶった。
「汐、汐起きろ!大変だ。鬼だ。今までに出会った中で一番鬼舞辻の匂いが強い。加勢しなければ・・・。頼む、起きてくれ」
炭治郎の祈りが通じたのか、汐の瞼が微かに震えだす。その間に炭治郎は己の刀を探そうと視線を動かした。
一方煉獄は、そんな猗窩座に対して凛とした声で言い放った。
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない。この二人は弱くない、侮辱するな。何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う」
――俺は如何なる理由があろうとも、鬼にはならない。
「そうか」
猗窩座は残念そうに、しかし心なしか少しばかり嬉しそうに目を細めると、右腕を突き出し、左腕を引いた構えをとった。
その瞬間、彼の周りに術式のようなものが浮かびだす。
――術式展開――
破壊殺・羅針
「鬼にならないなら、殺す」
猗窩座の鬼の気配が爆発的に跳ねあがり、空気を震わせ纏いながら地面を蹴る。
そんな彼に対し、煉獄も呼吸を整え同じように地面を強く蹴った。
――炎の呼吸――
壱ノ型 不知火
二つの力がぶつかり合い、空気を震わせるほどの轟音を生み出す。その音を聞いた瞬間、汐の両目が開かれた。
その音は、別な場所で救助活動をしている伊之助の耳にも届いていた――