第8章 慈しみと殺意の間<弐>
その夜。炭治郎が明日の食事の材料を探しに行っている間に、汐は部屋の中を片付けていた。といっても、物は少ないため簡単に箒をかけて終わりなのだが。
ふと、汐はいつもしまってるはずの炭治郎の部屋の扉が少し空いていることに気づいた。好奇心が疼いた汐は、そっとその隙間から中をのぞく。
そこにいたのは、竹の口枷をつけたまま眠る、見知らぬ少女だった。
(だ、誰!?)
思ってもみなかった邂逅に、汐は思わず声を上げそうになる。ここにいるということは鱗滝か炭治郎の身内なのだろうが、何故口枷などしているのか。なぜ今の今まで眠ったままで起きていないのか。
そのいろいろな疑問が渦巻き、気が付けば汐は少女の顔を覗き込んでいた。と、その瞬間。
汐は少女にただならぬ気配を感じた。そして瞬時に、目の前の少女が人ならざる者だということに気づく。
(なんで・・・?なんでここに、こんなところに鬼がいるの!?)
鬼。自分の故郷を奪い、一番大切な人を殺させた憎い存在。今までも何度か斬ってきた鬼が、目の前で眠っている。
汐の心がみるみる黒いものに覆われていく。そしてその左腕は、何かを求めるように震えだす。
――殺さなくては・・・!
――鬼は、殺さなくては・・・!
頭の中に低い声が響く。そしてその声に突き動かされるように、汐は一歩踏み出した。
だが。
「何をしている!」
背後から鋭い声が飛び、瞬時に汐の左腕をつかむ。反射的に振り返ると、鱗滝が自分の腕をつかんだままこちらを見ていた。
振り返った汐の匂いに、鱗滝はわずかながら戦慄する。
あの日、初めて会った汐からにじみ出る、殺意の匂い。身を滅ぼさんほどのどす黒く、悲しく、痛々しい殺意。
「どう、して?」
汐の口からは零れるように声が漏れる。なぜこの人は止めるのか。理解ができない。
「話していなかったが、この少女は竈門禰豆子。炭治郎の、妹だ」
汐の腕をつかんだまま、鱗滝は話し出した。
炭治郎が鬼殺隊を目指す理由。それは鬼となってしまった妹を人に戻すためだということ。
そして今のまままで、禰豆子という少女は人を襲わず眠り続けているということだった。
だが、その話を聞いて、汐の心は鎮まるどころかますます殺意が膨れた。