第64章 幕間その肆:月夜の宴
「皆様、全集中・常中の習得おめでとうございます!」
三人娘の声を音頭に、少し遅れて洋杯(コップ)を打ち鳴らす音が響いた。ちゃぶ台には様々な料理が所狭しと並べられ、おいしそうな匂いを漂わせている。
その夜は、汐達が全員全集中・常中を習得できた祝いの宴が開かれ、乾杯をした瞬間伊之助は被りものを外して料理にむさぼりつく。
それを炭治郎とアオイが諫め、善逸は呆れ、汐は食べようと思っていた料理を取り上げられ伊之助を殴り飛ばしたりと、瞬く間に混沌の場所と化した。
そんな光景をしのぶはほほえましく見ていたが、その視線を別の方向へ向けた。そこにはみんなから離れた位置で月を見上げるカナヲの姿があった。
それを見てしのぶは少しだけ悲しそうな顔をする。そんなしのぶを見て、汐は意を決したように立ち上がった。
「汐?」
怪訝そうな顔をする炭治郎をしり目に、汐は開いていた洋杯(コップ)をとり飲み物を注ぐと、一人で佇んでいるカナヲの元へ向かった。
「はい」
汐はそう言ってカナヲに飲み物を差し出す。カナヲは表情を崩さないまま汐の方を向き、飲み物と顔に視線を動かした。
「今のうちに確保しておかないと、馬鹿猪に全部持ってかれるわよ」
汐の言葉にカナヲは意味が分からないと言ったような表情をしたが、徐に服のポケットから何かを取り出そうとした時だった。
「受け取ってあげたら?」
背後からしのぶが優し気な声色で声をかけると、カナヲはしのぶに顔を向ける。そして汐の方を向くと飲み物を受け取った。
(受け取ってくれた!)
今まで話しかけてもほとんど反応しなかったカナヲが、しのぶの助力があったとはいえ反応してくれたことが嬉しかった。
思わず笑みを浮かべる汐に、カナヲはぽかんとした表情で見つめた。