第63章 幕間その肆:煉獄杏寿郎の驚愕
「おかえりなさい、煉獄さん。薬の準備ができていますよ」
戻って来た煉獄を、しのぶは笑みを浮かべながら出迎えた。彼女の前には傷薬と、それ以外の薬がいくつかある。
「胡蝶。俺は傷薬だけでいいと言ったはずだが、これは?」
「胃薬と酔い止めの薬です。もしもの時の為にと用意させていただきました」
「胃薬はともかく、酔い止めは特に必要はないと思うのだが」
「念のためです。もしもというのは、決してありえないことではありませんから」
そう言ってしのぶは薬を袋に詰めると、煉獄に渡した。
煉獄は少しばかり眉根を動かしたが、特に咎める言葉もなく満面の笑みで「ありがたい!」とだけ告げ薬を受け取った。
「ああそうだ。汐さんの様子はどうでしたか?」
しのぶの問いに煉獄は、つい先ほどあったことを嬉しそうに話した。汐が頑張っていること、しっかりと前を向いていること。
そして、彼女の持つ不思議な声の力を今一度体験したこと。
「残念ながら歌の全てを聴くことはかなわなかったが、機会があればまた聴きたいものだ」
「煉獄さんはすっかり彼女の歌の虜ですね」
「虜、かどうかはわからん。だが、何故かあの少女の歌は何度でも聞いてみたいと思ってしまう。何故かはわからなんがな!」
そう言って煉獄は高らかに笑う。何故それほどまで汐のことが気になるのか、その時の彼は知る由もなかった。
そう、誰も知らなかった。この先、彼らがどのような運命をたどるのかを――