第62章 幕間その肆:我妻善逸の憂鬱
善逸は顔をどこかの動物のように思い切りしかめながら、木目調の天井を睨みつけていた。
汐と炭治郎がつい先日些細なことで喧嘩をして、そして仲直りをした。これだけならいいのだが、その後の二人の音が明らかに違い、彼をイラつかせた。
しかも二人ともその自覚がないことが、さらに善逸の不快感をあおっていた。
だが、本当に彼が嫌だと思っているのはそれではない。一番腹立たしいのは、自分自身だ。
汐と炭治郎は何やら新しいことを始めたようで、夜中には布団を叩く音と炭治郎の悲鳴が。日中には山の方から歌声が聞こえてくるようになった。
それを見るたび、善逸の胸は痛んだ。不甲斐ない自分と、あっという間に遠ざかってしまいそうな二人との距離。
そしてある日。善逸は何を思ったのか重たい足取りで訓練場に向かっていた。もちろん、訓練をするつもりはなかった。けれど何故か二人が気になった彼は、そっと訓練場の扉の隙間から中を覗いた。
そこではカナヲ相手に奮闘する汐の姿があった。初めて訓練を受けた時とは別人のような動きに、善逸は目を見開く。
「あいつ・・・すげぇ・・・」
いつの間にかそばにいた伊之助が、汐の動きを見て思わず声を漏らす。あと一歩のところで転んでしまった汐だったが、その雄姿に善逸の胸が大きく跳ねた。
次の炭治郎の番でも、汐同様カナヲについていこうとする姿を見て、善逸は自分の胸を抑えた。俺は何をしているんだ。二人はあんなに頑張っているのに・・・
努力することが苦手で、地味にコツコツやることがしんどい善逸。修行時代もなかなか成果が上げられず、師匠や兄弟子に怒られてばかりいた忌まわしい記憶。
けれど、汐と炭治郎はそんな自分を強いと言ってくれた。自信をつかせてくれた。
それなのに。自分は今ここで何もせずにいる。本当にそれでいいんだろうか。
そんなことを考えていると、不意にアオイと目が合った。アオイはしかめっ面でそっぽを向き、それに気づいた汐と炭治郎とも目が合う。
罰が悪くなった善逸と伊之助は、そのまま自室へと戻り、ベッドに四肢を投げ出すように寝転がった。