第60章 兆し<肆>
翌朝。熱がだいぶ下がった汐は、机の上に置いてあるそれを真剣な眼で見つめていた。
それはかつて、宇髄が汐の声を制御するために渡した首輪。
全集中・常駐を習得しなければ危険な代物だが、習得した今の汐ならつけることも可能なはずだった。
正直なところ、汐はこれを付けることに抵抗があった。これを付けてしまえば、自分は犬だと認めてしまうことになる。
しかし、自分の力を完全に制御できるかと言われれば、そうだと言い切る自身もない。現に非常事態とはいえ人の命を奪いかねないことをしてしまったことがある。
自分の矜持を優先するか、人の命を守るか。もう答えは決まっていた。
汐は首輪を手に取り、留め具を外し首にはめた。
すると、首輪はすっと汐の首になじんで殆ど苦しさを感じさせなかった。
そして試しに声を出してみると、特に何の制限もなく出すことができた。おそらく普通に声を出したり歌を歌ったりする分には反応せず、危険な歌を歌う時にだけ反応する代物なのだろう。
(こんなものを作れるなんて、あの宇髄って奴、ただの柱じゃなさそうね)
しかし今の汐にはそれ以上のことはわからないため、考えることはしなかった。
それより早く訓練場にいかなければならない。特に昨日は炭治郎に迷惑をかけてしまっただろうし、感謝もしていない。
汐は首輪をつけたまま、訓練場へ足を運ぶのであった。