第42章 絆<弐>
突如、炭治郎の羽織が凄まじい力で引っ張られ、彼はその勢いに抗えず後方に吹き飛ぶ。そして入れ替わるようにして糸の壁に立ちはだかったのは、
――汐だった。
「!!」
炭治郎の眼が見開かれ、息をのむ。振り向いた彼女の顔は、笑っていた。
(ごめんね、炭治郎。悔しいけれど、あいつの言う通りあたしは何の役にも立ってない弱虫。だけど、せめてあんたは、あんただけは・・・)
――どうか、生きて
血の色をした糸が汐のすぐ眼前に迫る。背後で炭治郎が何か叫んだ気がしたが、もう聞こえない。
糸が体に食い込む寸前、汐は不思議なものを見た。自分の周りをふわふわと飛ぶ、無数の虹色の泡だ。
その一つ一つにいろいろなものが映されている。今まで出会った人々や今は亡き養父や親友の姿もある。
(嗚呼。これ、走馬灯って奴かな。やれやれ、こんなものを見るなんて、あたし本当におしまいなんだ)
だけど、悔いはない。いや、全くないと言ったら嘘になるが、せめて大切な人を守ることができたのならそれでいい。
ふと、汐はその泡の中に覚えのない記憶を見た。それは、涙を流しながら何かを訴えているような、自分と同じ青い髪をした見知らぬ女性。
そしてもう一つは、炭治郎と同じ耳飾りをした、彼とよく似た顔立ちの見知らぬ男性。
(誰?)
しかし汐が考える間もなく、その走馬灯は低い声によってかき消された。
――本当に、お前はそれでいいのか?
汐は眼を見開き、その光景を見た。自分の真上に見下ろすように誰かが立っている。
顔は見えないが、4,5歳ほどの幼い子供のような姿をしていた。だが、その人物から発せられた声は、低く落ち着いたものだった。
――このままではお前は何の役にも立てず、誰も救えず、ただの肉塊になって無様に死ぬだけだ。本当にそれでいいのか?それがお前の望んだことなのか?
――お前は【また】大事なものを守れず死ぬのか?相手に一矢報いることもせず?ただ黙って?
(うるさい。そんなの、そんなの嫌に決まってる。このままあいつに吠えづらかかせないまま、死にたくない!)
汐は両手に力を込めた。このまま大人しく死んだら、あいつの思う通り。塵屑のまま死ぬだけだ。それだけは、絶対に認めたくない!
――ならお前にできることは一つだ。抗え、足掻け!そして
――戦(うた)え。最期まで!!