第36章 幕間その参
信じ抜くこと
「ごめん。本当にごめんなさい」
善逸の腫れあがった顔を濡れた手ぬぐいで冷やしながら、汐は心から申し訳ないという気持ちを込めて謝る。
そんな彼女に善逸は震える声で「いいよ、気にしないで」と答えた。
「俺の方こそごめん。禰豆子ちゃんが炭治郎の妹だって気が付かないで騒いで、君の睡眠を邪魔したのは本当だし」
そう言って善逸も申し訳なさそうに汐に頭を下げた。
あの後、善逸に汐は怒りながら禰豆子が炭治郎の実妹だということを滾々と説明し、誤解を解くことができた。しかし、我に返った汐も目の前の顔が二倍以上に腫れてしまった善逸を見て心の底から反省した。
「それにしても、あんたの顔ってまじまじと見たけれど、そんな顔をしてるのね」
「へ?」
「思ったよりもかわいい顔してる」
「・・・かわいいって、男に対しては誉め言葉じゃないんだよ、汐ちゃん」
善逸が呆れたようにそういうと、汐は本気で驚いた顔をした。それが冗談でもないことは、彼女の【音】が物語っていた。
「そうなんだ。あたし、炭治郎以外に年の近い男友達がいなかったから、そういうの結構疎いのよ。あたしの住んでいた村では、大人と小さい子供ばっかりだったから」
「確か、汐ちゃんは炭治郎と兄妹弟子なんだよな。でも、呼吸も違うから気になっていたんだけど」
そういうと、汐の表情が少し曇った。その様子に、善逸は失言したかとたじろいでしまう。
「そうだよ。あたしは最初から炭治郎と一緒にいたわけじゃない。あたしの住んでいた村はね、西方の漁村だったの。生活は楽じゃないけど、毎日が楽しかった。あの日までは、ね」
「あの日?」
汐の言葉に、善逸は怪訝そうにその顔を見つめる。彼女から聞こえてきた『音』に、小さく息をのみながら。
汐は小さく息をつくと、「長いしあんまりおもしろくない話だけど」と前置きして語り始めた。