第3章 嵐の前の静けさ<弐>
「つまんねぇの。じゃあ、あれやってよ!いつものあれ?」
「あれ?あれって何?」
「ほら、姉ちゃんが時々やってるみんなの声真似!前のお祭りで前座にやったあれ!」
声真似、と言われて汐はああとうなずいた。それは、彼女が時々子供たちや大人相手に披露する声帯模写だった。
汐をはじめとし、この村の者はみんな耳がいい。それは自然と共に生きている彼らにとっては必須だからだ。しかし汐は耳がいいだけではなく、一度聞いた声をほぼ完ぺきに模写できるのだ。
「仕方ないなぁ。一回だけだよ?」汐はしぶしぶうなずくと、喉に手を当てて小さく発生しながら調整する。
そして
「『お~ぃ、汐。今日もいい天気だなぁ~』」汐の口から出てきた声は、庄吉の声だった。
とたん、子供たちの眼がぱっと輝く。それを見ると、汐の心が弾んだ。
「『もう、汐ちゃんはいつも無茶ばかりするんだから』」今度は娘の絹の声がする。さらに盛り上がる子供たちに、汐は特大の物をぶつけた。
「『やっぱり男の心を潤すのは、きれいな姉ちゃんだぜ』」なんと汐の口から出てきたのは、彼女の養父玄海の声だった。
これには子供たちも大盛り上がり。汐の着物をつかんでもっとやってとせがむ始末だ。
だが、今汐は限界に言われた基礎訓練の途中だ。これ以上油を売るわけにはいかない。
「ごめん、今日はここまで。今おやっさんに言われた特訓の最中なんだ」
汐がそういうと、二人は再び残念そうな顔をする。そんな彼らの頭を、汐はやさしくなでた。
「そんな顔しないの。みんなを守るための特訓なんだから。あたしはもっと強くなって、みんなを守るから。だから、ね」
「うん、わかった。特訓頑張ってね、姉ちゃん」
子供たちはそう言って走り去る汐に向かって手を振る。そんな彼らに、汐は走りながら手を振りかえすのであった。