第142章 譲れないもの<参>
「話があるんだよ。頼むから聞いてくれ!」
玄弥は必死の思い出そう言うが、実弥はそれに答えることなく背を向けた。
「兄貴!!」
玄弥がもう一度叫ぶと、実弥は顔中に青筋を立てながら振り返った。
「話しかけんじゃねぇよ、ぶち殺すぞォ」
まるで氷のような声に、玄弥は勿論汐でさえも震えた。
立ち尽くす玄弥をよそに、実弥はそのまま去って言った。
(何よあれ。あいつ、本当に玄弥の兄貴なの?)
汐に兄妹はいないが、炭治郎と禰豆子のような仲睦まじい二人を見てきたため、その温かさはある程度知っていた。
だが、目の前の二人は仲の良さなど微塵も感じなかった。
(でも何だろう。アイツの、オコゼ野郎の"目"。うまく言えないけれど、何か違和感があった・・・)
汐はさっきの実弥の"目"を思い出しながら、奇妙な違和感が何なのか探ろうとした。
「お前、何やってんだ?」
そのせいで、戻って来た玄弥に気づくことが遅れてしまった。
「あ・・・」
汐と玄弥の目が合い、しばしの間奇妙な静寂が二人を包んだ。
「ご、ごめん。立ち聞きするつもりはなかったの。ただ、あんたの声が聞こえたから何事かと思って・・・」
「・・・そうか」
玄弥は少し疲れたような声でそう言った。
いつもなら怒りながら突っかかってくるはずの彼に、汐は怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたのよあんた。いつもならガーガー怒って突っかかってくるくせに」
「そんな気分じゃねえんだよ。お前ももう寝ろ。傷に障るぞ」
玄弥はそう言って、汐の脇をすり抜けて去ろうとした。
(玄弥・・・、あんた・・・)
玄弥の"目"が悲しみと後悔で染まっているのを見て、汐は胸が潰れそうなほど痛んだ。
そのモヤモヤとした陰鬱な気分を抱えながら、汐は朝を迎えるのだった。