第142章 譲れないもの<参>
炭治郎は、伊黒の常軌を逸脱した訓練に心を抉られながらも、何とか一日目を終えた。
夜になり、入浴を終えた炭治郎が部屋へ戻ると、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻を掠めた。
(この匂い・・・、この果実のような匂いは・・・?)
炭治郎が反視線を向けると、一人の隊士が友人と談笑している姿があった。
その隊士から、汐や鉄火場と似た匂いを感じたのだ。
炭治郎は話に花を咲かせている彼に近寄ると、そっと声を掛けた。
「あの、お話し中すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」
炭治郎が礼儀正しく声を掛けると、隊士は怪訝そうな顔で振り返った。
「ん?なんだ?俺になんか用か?」
「用と言いますか、あなたからする匂いが気になって・・・?」
「は?匂い?」
ますます怪訝そうな顔をする隊士に、炭治郎は自分が鼻が利くことを伝えた。
「へぇ~、お前は匂いで人の気持ちがわかるのか。面白い奴だな」
それに答えたのは、匂いの主ではなく彼の友人の隊士だった。
「俺は今までいろいろな感情の匂いを嗅いできたんですが、その人の匂いが今まで嗅いだことがない匂いなんです。まるで果実のような、甘酸っぱいような・・・」
炭治郎がそう言うと、隊士の友人はゲラゲラと突然笑い出した。
「だったらあれじゃねえか?ほら、お前、あの子の事考えてただろ!?」
すると匂いの主は途端に真っ赤になり、あたふたと視線を泳がせた。それと同時に、例の匂いも強くなる。
「え?え?」
混乱する炭治郎に、友人は笑いながら言った。