第123章 招かれざる客<弐>
鉄火場の工房についた汐は、音を立てないようにしてそっと中を覗き込んだ。
鉄を研ぐ音が聞こえてきて、それに合わせて鉄火場の背中が揺れる。
顔を見ずともわかる真剣な姿に、汐は声を掛けるのをやめてほほ笑んだ。
(ありがとう、鉄火場さん。あたし、頑張るわ。あなたが打ってくれたこの刀で人を、大切な人達を必ず守るから・・・、元気でね)
別れの挨拶をかわすことなく、汐はそっと工房を後にした。胸に感謝の思いを抱きながら。
汐は直ぐには部屋に戻らずに、少しだけ歩いてみることにした。世話になった里を離れるまでの間に、少しでもこの場所を覚えておきたかったからだ。
歩いていくと、突然森が開けて光が差し込んできた。さらに進んでいくと、そこは大きな崖になっており遥か先に地平線が見えた。
(へぇ・・・、この里にこんな場所があったなんて・・・)
汐はあたりを見回しながら歩き、崖の下を覗き込んだ。
(でもこの崖、結構高いわね。こんなところから落ちたらひとたまりもないわ)
背中にうすら寒いものを感じながら、汐は崖から離れて空を見上げた。
微かに残る雲が、そよ風に載ってゆっくりと流れて行く。
(あたし達が戦っている間、ここでは刀鍛冶の人達が鬼と戦う、人を守る刀を作っている。その魂をかけて。彼らの為にも、あたしは前に進まなきゃ)
汐は胸に決意を抱き、そして今もどこかで頑張っているみんなの事を思い浮かべた。
すると、汐の頭の中に一つの旋律が浮かんだ。それは、あふれんばかりの感謝の歌。
汐は自然と口を開き、その旋律に合わせて声を繋いだ。心からの想いを歌に乗せて。