第122章 招かれざる客<壱>
その日は下弦の三日月が掛かった静かな夜だった。
一人の鍛冶師の男が、浴衣姿に手ぬぐいをぶら下げた格好で帰路についていた。
「ちょっとのんびり長湯しすぎたな。明日も早朝から作業だってのに・・・」
下駄の音をからころとさせながら、男は急ぎ足で家路を急ぐ。
すると彼の前に、何かが置かれているのが目に入った。
それは、美しい模様が描かれた一つの壺だった。
「壺?」
何故道の真ん中にこのような物が置いてあるのか。それに、こんな場所にあっては、ぶつかって割れてしまい怪我をする恐れもある。
「危ねえなあ。誰だ、こんなところに壺なんか置いて・・・」
男が壺を片付けようと手を伸ばした、その時だった。
壺の中から何かが飛び出し、男の身体を壺の中に引きずり込んだ。
骨が砕ける嫌な音が辺りに響き渡り、男を引きずり込んだ壺はガタガタと激しく揺れた後、まるで生き物のようにその中身を吐き出した。
そこには先程まで男が身に着けていた面と浴衣。そして身体の一部が無残な姿で転がり出て来た。
「不味い不味い。やはり山の中の刀鍛冶の肉など、喰えたものではないわ。だが、それもまたいい・・・。」
壺の中から姿を現したのは、顔の目のある位置に口があり、口のある位置に目があり、顔の横から手をはやした異形の鬼、玉壺だった。
口の部分からは血が滴り落ち、先ほどまで食事をしていたことが伺えた。
「しかしここを潰せば鬼狩り共を、ヒョッ、確実に弱体化させられる」
玉壺はそう言って嬉しそうに舌なめずりをした。
一方、とある建物の上では、老人の鬼半天狗が震えながら蹲っていた。
「急がねば・・・急がねば・・・、玉壺のお陰で里は見つかった」
半天狗はぶるぶると震えながら、か細い声でつぶやいた。
「けれどもあの御方はお怒りじゃ・・・。早う早う、皆殺しにせねば・・・。あの御方に楯突く者共を・・・」
脅威はすぐ傍まで迫っていることに、この時は誰も気づくことができなかった。