第5章 武士の初恋
大小、色も様々な鷹が頭上を覆う。
その異様な光景に驚きを越して冷や汗が出た。
「みんな風花の仲間たちです。」
古今東西の鷹たちがここに集うのではないかと思うほどの群れ。
威嚇することもなく、襲うこともなくの呼び掛けにただ応えにきたようだ。
来栖は言葉を失ってただ空を覆う影を夢中で目で追い続けた。
最後に風花を放つと、次第に鷹たちはどこかへ飛んで行ってしまった。
林はただ静寂だけが残った。
「みんな素敵だったでしょう?」
未だ呆気にとられている来栖にが言った。
白い翼、黒い翼が優雅に舞う姿はしっかり目に焼き付いた。
「あぁ。鷹とは頭もよくて素晴らしい生き物だな。」
「そうですよ。今では外の国から渡ってきた種類がほとんどですが、人にもよくなつきます。」
「まさかとは思うがあれ全部殿が手懐けているわけではあるまいな。」
「まさか!半分程しか私にも扱えませんよ。」
でも半分は扱えるのかと思うと益々この女はただ者ではないと思った。
林の空気を胸に吸い込んで目を閉じるの横顔を眺めるとふいに目が合った。
心臓が一つ大きく脈打った気がした。
「さて、暗くなる前に戻りましょうか。」
は再び馬に跨がり、常歩させた。
日は傾きかけていた。
馬の軽快な足音と時々枝と葉の擦れる音だけがしている。
あと数刻で半日が終わる。
どれだけ夢中になって野うさぎを追いかけたのだろう。その時間は短く感じていたのに、もう夕光が現れようとしている。
来栖にはどこか物寂しさだけが残っていた。
欲をかくなどあってはならないのに。
「少しはお楽しみいただけましたか?」
の声は静かだった。耳に心地よく体に芯まで入り込んでくる。
来栖はゆっくり頷いた。
「あぁ、礼をいう。」
「とんでもございません。」
夢中な姿を見れただけでも嬉しかったと彼女は言ってた。一体知らぬ間にどれだけ真剣な顔で挑んでいたのだろう。
それにこの後はどうなるのだろうか。
時間も時間だ。普通なら別れを告げるべきなのだが。
帰る、とは言いにくい。否、言いたくなかった。
次の提案をしてくればいいとも思ったが、一向に受け身ばかりの自分に男として恥ずかしさも感じる。
あとで吉備土に大笑いされそうだ。