第1章 平和の象徴
カバネの蔓延る日ノ本で甲鉄城は今日も蒸気を上げて山道を駆け抜ける。
ながらく廃駅が続き物資が間もなく底をつく。
甲鉄城を預かる四方川家惣領の菖蒲は、もう何度と地図を確認しただろうか。傍らでは四方川家に使える若き侍、来栖の姿もあった。
「巣刈。次の駅にはどれくらいでしょうか。」
菖蒲は蒸気鍛冶の少年巣刈に訪ねる。
巣刈は測定器で現在の速度と距離から時間を割り出した。
「半刻で着くはずです。もうすぐですよ。」
それをきいて少しほっとしたような表情をした菖蒲。
長く駿城に乗りすぎているので疲れていない者はいないだろう。
皆外の空気を吸いにかわるがわるデッキへ出て気分転換をしていた。
「来栖、少しお休みになってきたら?」
「いえ、己は大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます。」
「そうですか?では私はお先に少し休ませていただきますね。」
菖蒲はふわりとにこやかに席を立った。
それは彼女なりの気遣いでもあることに来栖はもちろん気づいたわけだが。
「分かりました。では己はカバネの襲撃に備え武器の確認をして参ります。」
菖蒲は困ったように仕方なく頷いた。
だが来栖の頭の堅さは今に始まったわけではない。
(今度の駅で甘味が手に入ったら、来栖にも分けてあげましょう…)
きっと疲れすぎて緊張が解けないのかもしれない。
それなら甘味が一番と菖蒲は心得ていた。
来栖は菖蒲と別れると居住車両に戻り自分の蒸気銃の点検をした。
だが状態がいいことに気がつくのは早かった。
(そうか…今朝吉備土がやっておくと言っていたな。)
朝言われたことも忘れていることに我ながら呆れる。
疲れていないわけではない。甲鉄城での暮らしに慣れはしたもののまともに眠れることもそうそうない。
余程毎夜寝ずにいないかぎり熟睡はできない。
それに体を伸ばすことも叶わない。
身体が重たく感じた。そんな時は。
「…鍛練に限る…!!」
来栖は木刀をもち素振りを始めた。
空を切る音が部屋に響いた。
甲鉄城はやがて深い森に入った。
線路上には落ち葉や枝が落ちていて、長く駿城が通っていないのは明らかだ。
デッキから外を眺めていた少女無名と蒸気鍛冶の生駒は次も廃駅かと想像する。