第5章 Say goodbye
ポーリュシカが診察を行っていた手を止める。見つけた違和感に頭の処理が追いつかず、顔に手を置いて考える事に集中をした。
違和感の正体、あれほどの衝撃が体全身に加わりながら。
彼女の体、胎には大きな生命が脈打っていた。
「…これは、どういうこと?」
事態の緊急性に慌てて医務室を出ていこうとするポーリュシカの腕が掴まれる。
振り返れば緊迫した面持ちのノエルがシーツから手を伸ばしていた。ベッドに置いた振動で意識が戻ったのであろう。
「アンタのそれは…なんだい?」
追い詰めているのはポーリュシカの方だというのにノエルの深い青の目を見れば、背筋に冷たいものが走った。
「…お願い。黙ってて」
強い強制力が、世界の理がポーリュシカを締め付ける。人より優れる竜である自身に命令を下せる存在であるモノを目の前にし、ポーリュシカに本能的な恐怖が襲う。
「アンタは!?」
「…お願い」
感情のない声で頼んでくるノエルにポーリュシカは頷くしかなかった。
「ノエルは!?」
医務室から出てきたポーリュシカにエルザが飛びつくと、ポーリュシカは両腕を抱えながら目を逸らす。あのポーリュシカの震えている姿に最悪の事態が想起され、その場にいた全員が固唾を飲んだ。
「そんな訳ねぇよな!?ノエルが死ぬ訳ねぇよな!?」
グレイがポーリュシカを問い詰めるとようやく口を開いた。
「…あぁ。ノエルは無事だよ」
「「「「「良かった……」」」」」
ギルド全体から安堵の声が漏れる。様子を見に行こうとエルザやルーシィが医務室のドアを開けようとすると、ポーリュシカの怒声が響いた。
「絶対に入るんじゃないよ!!」
その迫力に気圧され、扉に手をかけていたエルザは思わず手を離す。
「絶対安静だ…」
ポーリュシカはそう言い残すとギルドの外へと出ていった。