第3章 気温が下がったのは気のせいかな
「………、」
驚いて黙ったまま彼を見つめる私に
赤信号で車が停止した途端、
「帰りたくない、て顔してるから」
また、彼の毒が回って
苦しいくらい心臓が動く。
「…さくっ、」
名前を呼び終わる前に
止まる時間。
彼との距離が無くなって
あの、
最初に会った時の香りが
彼の洗剤のような香りが
近くに。
目を開く私と、
目を瞑る彼。
重なる唇だけが熱を帯びた。
それをゆっくりと離されて
柔らかい息が当たるくらい
近くで見る彼の
段々と開く瞼の奥の視線に
ジワジワと身体が熱くなる。
その3センチ、空いた距離で
視線が繋がれたまま、
数秒間の間ができる。
キスなんて初めてじゃないのに
…息が、出来ない。
目の前の赤い唇が
「…はい、か、いいえ」
と動く。
思考回路が止まった私にその言葉は
何の事だかわからなくて
「…、」
言葉にならない声が漏れると
「俺のモノに…なりませんか」
強引なのか紳士なのか
彼の得意とするギャップを
上手い具合に出されて
少し自信なさげに
真っ直ぐ私を見つめる視線。
この沈黙に耐えきれないのか
「つうか、…なってよ」と弱い声色で
また、虐める方の顔をした。
「…はい、」
蛇に睨まれたカエル。
動けなくて、それしか言えない、
と自分の気持ちを彼のせいにする。
ほっと、したような
隙を見せた彼に
もう、
意識が飛びそうなくらい
毒を盛られてしまった私。
END.