第1章 惟任恋記
二人で厩に向かうと美麗な茶毛の馬が一頭繋がれていた。
「大鹿毛(おおかげ)だ。体は大きいが気の穏やかな馬だ。触ってみるか?」
恐る恐る触れてみると、すぐに顔を擦り寄せて甘えて来た
「一人で馬に乗れる様になると、迷子になった時に探すのが面倒になりそうだな。
今のうちに首輪でも付けておくか」
「犬や猫じゃありません。それに迷子にもなりません。……たぶん。」
「今日はまず俺と一緒に馬に乗り、扱い方と手綱の引きかたを覚えろ。
しっかり後ろから抱いててやるから身を委ねて俺の温もりを堪能していればよい」
「誤解を受けるような言い方は止めて下さい。
・・・でもわざわざ時間を空けてもらってありがとうございます。」
「礼は後で目に見える形でもらおうか。
さぁ行くぞ。」
優しく抱き上げられて、馬に乗せてもらうと、光秀さんの着物に焚き付けた蘭奢待(らんじゃたい)の香りがふわりと背中から伝わった
それだけでなんだか急に恥ずかしくなって無口になってしまう
長い腕が私をすっぽりと包み込み、優しく守る様に温かいぬくもりが背中に伝わる
城を出てしばらく馬をゆっくりと進めていると
「自分で手綱を持ってみろ」
っと言われて手綱を渡されたので、そっと掴むと上から添える様に大きな手が重なった
温かい……
「お前の手は小さくて柔らかいな」
耳元で囁かれてビクッと跳ねる
「みっ光秀さん、近いです。」
すると突然、後ろから回された手が私の腰を引き寄せて抱き締められた
「お前をこうして一人締め出来るなら、馬に乗るのも悪くないな。このままお前を坂本まで奪って行ってしまおうか」
耳の近くで吐息がかかるように囁かれて鼓動がどんどん早くなる
宣教徒の書に“安土城の次に美しい城"と称される琵琶湖の湖面に建てられた坂本城
織田家臣団の中でいち早く出世した光秀が築城した最初の城は、日の本で初めての天守閣を持ち、戦での利便性と豪壮華麗を兼ね備えた城だ
「光秀さんのお城は是非見たいけど日帰りで行ける距離じゃないですよね?」
「ほう、それは"泊まりがけ“で見に行きたいっと言っているのか?大胆な誘いだな」
「ちっ違います!もう、夕刻までに帰らないと秀吉さんに怒られちゃいますよ」
「そうだな、お前の兄上が捜索隊を出す前に戻らねばなっ」
そう言うと馬腹を蹴って速度を上げた
