第6章 距離
「………っ、ん……っ」
薔さまがチェックインしている間。
ロビーに置かれているふかふかのソファーで待つように言われた。
だけど、ホテルについても薔さまは『これ』を取ってはくださらなかった。
隣に座るお客さまに、音が聞こえてない?
震える体を、不審がられやしない?
目の前にはお母さんと一緒に小さな子供がお昼寝中だと言うのに。
どーしよう。
お願いします……っ
気づかないで……っ
薔さま。
早く、来て……
「華」
目を閉じて。
スカートを握りしめながら俯くあたしの頭上から聞こえた、薔さまの声。
「薔さま……っ」
「歩ける?」
笑顔で手を差し出す薔さまに、震えながら掌を重ねた。
でも。
だけど。
歩く度に擦れる角度が変わるし。
以前震えるのも変わらないし。
「華?」
もう、歩けません……っ
エレベーターだって、あんなに揺れるものとは知りませんでした。
このホテルは薔さまのお父様が資金提供もしているから、良く利用はしていましたが。
エレベーターに乗っていてこんなに揺れを自覚したことなどないし。
こんなに。
部屋までの距離が長いなんて思ったこともありませんっ。
「…っめ、なさ…っ」
もう、無理です。
ふるふると、スカートの裾を握りしめながら首を振れば。
「……はぁ」
頭上からは、薔さまのため息。
思わずビクッと反応してしまう。
「それじゃぁお仕置きにならないよね?」
「━━━━っ」
ぐ、と。
唇を噛みしめ頷いた。
ゆっくりと、足を前に、動かせば。
「イイコだね、華」
笑顔で薔さまは頭を撫でてくれるのだ。
『お仕置き』。
あたしが、約束破ったから。
あたしが、悪い子だから。
それでもこうやって薔さまに頭を撫でて頂けるのなら。
唇噛みしめ。
一歩一歩、足を動かすしかないのです。