第9章 戻った日常
「そうか…巻き込んで済まなかった。俺のせいで右手に大怪我を負わせてしまった。」
「…飯田くんのせいじゃないよ。私は最初からこのつもりでマニュアル事務所を選んだの…飯田くんと同じだよ?だから、そんなに自分を責めないで。私は大丈夫だから」
そう言うと、飯田くんはどこか困ったような、どう言い返したらいいか分からないと言ったような表情をしていた。自分のことはさておき、私の身をあんじてくれているんだと思う。
「帰ろう、飯田くん!」
「…ああ」
各々、様々な気持ちを抱きながら帰路に着いた。
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「ただいま」
私は家の鍵を開ける。久しぶりの我が家…既に灯りは付いている。消ちゃん、帰ってきてるんだね。リビングに入ると、そこにはいつものように仕事を持ち帰った消ちゃんが、静かにパソコンとにらめっこしていた。私の気配に気づいたのか、彼は静かに私の方へ顔を向けた。
「……っ…」
思わずこわばってしまう。
「おかえり」
なぜか、その表情は怒りではなく安心したような表情だった。でも目線は、私の右手…消ちゃんは立ち上がると、私に歩み寄ってきた。思わず視線を逸らしてしまう。申し訳なさや、どういう顔をしたらいいのか分からなかった…これからしばらく親代わりの人、否、恋人に迷惑を掛けてしまうし、ステインの話が耳に届いていたなら、すごく心配をかけたと思う。
「あ…、あの消ちゃん、私…ーー!」
ごめんなさい…そう言おうとした時、私はとても力強い力で消ちゃんに抱き寄せられた。身長差もあってか彼の背中はさらに丸まり、離さないと言わんばかりに痛いくらい強く抱き締められた。これだけで、彼がどれだけ心配していたのか身に染みて分かった。
「このバカ…あんだけ無茶するなって言ったろ…心配掛けさせんな。」
「…っ、消ちゃん…ごめんなさい…」
私は、彼の背中に腕を回した。
ああ…生きてる…
この時、私はそれを改めて実感した。両親がいなくても、私には親代わりで恋人の彼がいる、友達がいる、共に高めあえる仲間がいる…私は果報者だ。
たとえお父さんとお母さんがいなくても、私の居場所はここなんだ…そう思うと、消ちゃんにはたくさん心配させてしまっていたんだと感じる。