第8章 〝仇〟(※裏有)
「気づいてたの…?」
「…あぁ…その事にも“気づいちゃいけねえ”と自分に言い聞かしてた。だがな、日に日に強くなるお前を見て、俺は焦ってた…。俺の元から離れていくんじゃないかってな…」
「そんなこと…っ…!私、一緒にいていいの…?」
「ばか…いていいもなにも、俺たちはずっと同じ屋根の下で一緒にいただろうが。」
そう言いながら、消ちゃんはぐいっと私の頬を流れた涙を拭ってくれる。ゴツゴツとして、少しかさついた大きな手は私の両肩に手を置いた。
「…自分の気持ちに素直になれ…さくら…」
「…消ちゃん…っ…」
それはつまり、彼のことを好きでいて良いということで間違いなかった。それが嬉しくて、私の目からまた涙が溢れ出した。泣かないと決めてたのに、決めた日から一体何回泣いたんだろうかと思うくらいたくさん泣いた。
「相変わらず泣き虫だな、お前は…」
「うん、治さなきゃ…」
「いや…治さなくていい…俺の仕事を取るな…」
つまりは、鋭児郎で言う“女の涙を拭えねえ男は男じゃねえ!”ってやつだ。消ちゃんの付き合ってきた人の事は全然分からないけれど、でも私以外の人にもこんなことをしていたのかと思うと少し悔しい。でも、もうその心配をする必要は、もう無さそうだ。
「…さくら…」
「んっ…」
私たちの距離がついになくなった。フローリングに押し倒されながら、彼の唇と私の唇が重なった。スープの煮る音に混じって、私たちの水音も静かに響く。消ちゃんの舌は歯をなぞったかと思えば、次は絡めてくる。何度も何度も変えて、貪るように吸ってきては離れ…最後にはちゅ…っとリップ音を鳴らせて私たちの唇は離れた。私にとっては、初めてのキスだった。大切に残しておいたファーストキスが、本命だった人に奪われて私は嬉しくて仕方がなかった。優しい表情で見下ろしてくる消ちゃんを見て、私は急に恥ずかしくなって視線を逸らした。
「初めてにしちゃあ上出来だ…まさかとは思うが、俺以外の奴としてないだろうな?」
「す…するわけないよ…!」
「くく…冗談だ…続きはまた後でな」
そう言うと消ちゃんは、何事もなかったかのように起き上がった。
「さくら、腹が減った。美味いやつを頼む」
「あ、そうだスープ…!」
スープの事を思い出した私も起きあがり、再びキッチンに立った。